「再生可能自然エネルギー」という言葉は心地よい。
 
地球にやさしい、エコロジー、リサイクル、クリーン等テレビやマスコミで聞かない日はない。
 
その言葉は魔法の呪文のように、口に出したり書いたりする度に、なんか自分が上等の人間であるかのように感じる言葉である。
 
皮肉に聞こえるかもしれないが、これらの一連の事象に批判的な言葉を聞かない事自体、私はとても不安を感じてしまうのだ。
 

太陽光、風力発電

私が知らないだけかもしれないが、長崎で電気が足りていないという話を聞いた事がない。
 
また長崎の人口は減る一方。それなのに様々な計画がスタートしている。
 
長崎の離島に480MWの超大型メガソーラー、計画再始動で2018年度着工へ
九電工や京セラなどが長崎県佐世保市の「宇久島」で計画している、出力480MWという超大型のメガソーラーを建設するプロジェクトが再始動。一部ではソーラーシェアリングを実施する計画で、2018年度の着工を目指す。
 
世界初、洋上風力発電専用の台船完成 五島・福江港
毎日新聞
 
 
まあ、これらは商売として計画されているわけで、長崎の未来を考えての計画ではないようだ。
 

エネルギー問題

世界の中の日本を考えた時、エネルギー問題は世界のトレンドとなっている。原発依存を大きく減らす、化石燃料の量の不安と二酸化炭素排出による地球温暖化という流行りが、世界を動かしているのだ。
 
良いことづくめの再生可能自然エネルギーのようだが、実は長崎ならではの心配がある。
 
長崎には諫早干拓の問題がある。今裁判でもめ続けているが潮受け堤防の開門、閉鎖の是非が裁判所で別れている始末である。
 
諫早干拓は諫早を良くしようと思って始まっている。しかし、潮受け堤防の閉門で、思っても見なかった被害が続出した。
 
有明海の漁業環境悪化(貧酸素水塊発生や赤潮、底生生物の激減など)である。政府側は諫早干拓のせいじゃないと言っているし、漁民側は潮受け堤防の開門のせいだと言っている。
 

諫早湾干拓堤防

 
自然は複雑系の最たるものである。
 
正確な予測やシュミレーションなどは出来ない。その証拠にどんなに税金を使っても、地震や火山の噴火の予知は永久にできないだろろう。天気予報だって長期の予報はあまり当てにならない。
 
そんな状況で「再生可能自然エネルギー」と呼んでいる風車や太陽光パネルなどをあちこちに作ってしまえば、地域の自然にどんな影響が出来るかなど、誰も責任を取れないのだ。
 
風車を多く作ったため、その風の通り道だった山々の木が枯れてしまったという例もある。
 
再生可能自然エネルギーのマイナス要因
 
風車を作った際の景観や騒音などの問題
 
不安定電源である。
 
風力発電事業が赤字だらけ。
 
ソーラーパネルは低コストの中国製品などが普及するだけで国内投資に結びつかない
 
デンマーク(人口530万人)は、2002年に使用した電力の19%に当たる電力を発電した6,000個以上の風車がが風力発電の不安定性を補い、電力需要を満たすために従来型発電所は全能力で運転しなければならないため、従来型発電所は全く止められていない。
 
 
 
太陽光パネルでも、今まで地面が受けていた光を遮ってしまうのだ。例えばその土地にカビが生えて、近隣の作物に悪影響を及ぼすかもしれない。自然と接する時は予測不能な事があるかもしれないという鉄則を忘れてはいけない。
 
諫早干拓はその一例でもある。
 

諫早湾干拓堤防

 
「再生可能自然エネルギー」などとイメージ先行で、なんの警戒もなく事が運び「何故反対するの」という顔で不思議そうに見つめられてしまうと、大きなしっぺ返しを受けてしまいそうな気がするのだ。
 
私達は、いつだって謙虚でなくてはいけないのだ。