「潜伏キリシタン」世界遺産に登録決定 国内22件目
 バーレーンで開かれているユネスコ(国連教育科学文化機関)の世界遺産委員会は30日、「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」(長崎、熊本両県)を世界文化遺産に登録することを決めた。
朝日新聞

崎津教会周辺に広がる崎津集落=熊本県天草市、朝日新聞社ヘリから、小宮路勝撮影

 
 
まずは「おめでとうございます」といいたい。
 
天草を旅したことがあるが、殆どが海岸で何もない所である。
 
そこに世界遺産に指定されたものがあるということは、天草の人にとって喜ばしい限りである。
 
 
現在、日本におけるカトリック信者数は、448,440人(「カトリック中央協議会」HP 2010年データより)。そのうち、長崎教区(全国で16に分類)のキリスト教信者数は63,081人。これは、96,146人の東京教区に継ぎ全国第二位の数で、対人口比率でいうと、東京教区が0.51%に対し、長崎教区は4.35%。
 
 
 
G7の主要国首脳会議では日本だけがキリスト教国でなかったという事がある。
 
それほどキリスト教は先進国の宗教となっているのだが、日本はキリスト教信者の数は極端に低い。
 
流石に長崎は、その極端に低い信者の数で言えば6万3千人で、東京の次に多い。
 
これを多いというのかは皆さんの常識に委ねるとする。
 

フランシスコ・ザビエル

 
まず、何故キリスト教が日本に広まらなかったかは、皆さんのほうがよくわかっていて、仏教、神道が風土として強力に根付いていたからである。
 
次に何故禁教となったかというと、スペインなどの国が日本を狙っていたからである。
 
信長は禁教にはしておらず、秀吉も最初は寛容な態度だった。
 
しかし信者の乱暴狼藉や、人身売買で日本の娘がヨーロッパに奴隷として売られていく事態になり、次第に禁教策をすすめ、家康は国自体を鎖国とした。
 
禁教令が解かれたのは、1800年後半だった。
 
まあ、禁教令がなければ日本もキリスト教国になったと思われるが、それと同時にスペインの植民地になっていただろう。
 
しかし現在では、そこの所が曖昧で誰も語ろうとしないのは、正しい歴史を知る上でマイナスな部分だ。
 
まあ色々あるが、今は良かったと喜びたいのは正直な気持ちである。