世界の巨根を考える

浮世絵は芸術といわれているが、

春画、でかちんのエロ画というイメージを持っている人も多い。

巨根

古くは、縁起物という側面もあり、浮世絵の春画で実際よりもかなり巨大に誇張された男根の表現が用いられた。

こうした春画の数々が幕末頃にジャポニズムの流行で西洋へ渡った際、日本人男性は巨根の持ち主だという誤解が一部で生じた。

喜多川歌麿

喜多川歌麿

有名な浮世絵師・喜多川歌麿の名をとって、このような春画の巨根表現、あるいは立派な一物を持つ日本人男性のことを、「ウタマロ(Utamaro)」と呼ぶ場合がある。ウィキペディア

 

巨根を下ネタとして処理するのは簡単だが、

日本の中で巨根の持つ意味を考えるのも大切だと思う。

巨根を崇拝するのは日本だけではない。

実は全世界がそうである。

しかし現代は建前と本音的な心情により、表だって巨根崇拝をしているわけではない。

世界の巨根崇拝

アンダーグラウンドでは、男性の象徴としての巨根崇拝は揺るぎない。

女性に対する巨乳偏愛と同じように、オスの妄想だと言っていいだろう。

歴史の俗説でも、いろんな話がある。

日本では、「道鏡は すわるとひざが 三つでき」という川柳が詠まれるなど、弓削道鏡が巨大なペニスの持ち主だったために、独身の孝謙上皇に寵愛されたという俗説がある。

また、ロシアのロマノフ王朝末期に現れた「怪僧ラスプーチン」は、予言などの能力を発揮すると共に、巨根の持ち主だった。その長さは約30センチ、勃起時は約33センチにもなったという。

しかし、時代によってペニスの価値観も違っている。

古代ギリシャの彫刻では、ペニスは見た目より小さく作られている。

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大きいペニスは愚者の象徴だったのだ。

しかしギリシア・ローマ神話には巨根の神が存在している。

プリアポスという。

プリアーポスとは、ギリシア神話における羊飼い、庭園および果樹園の守護神で生殖と豊穣を司る、男性の生殖力の神である。ウィキペディア

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ヒンドゥーの神、シヴァ神のリンガ信仰も男根崇拝である。

リンガ信仰

特にインドでは男性器をかたどった彫像は、シヴァ神や、シヴァ神の持つエネルギーの象徴と考えられ人々に崇拝されている。

通常、リンガの下にはヨーニ(女陰)が現され、人々はこの2つを祀り、白いミルクで2つの性器を清め、シヴァの精液とパールヴァティーの愛液として崇める習慣がある。

インドのシバ神のリンガ

インドのシバ神のリンガ

 

古代エジプトのファルス崇拝

オシリスの体が13の部分に切断された時、セトはそれをエジプト中にばらまき、オシリスの妻イシスはそれを回収したが、唯一陰茎だけが魚に呑まれて回収できなかったと言われる。

ファルスは豊饒さのシンボルで、神ミンは「ithyphallic(勃起した陰茎)」として描かれることが多かった。

豊穣神のミン神

豊穣神のミン神

あからさまに勃起した性器を持つ神々を取り上げたが、一般に豊穣を意味する神々は性的能力が強いとして描かれている。

日本の巨根

日本にはミシャグジという神様がいる。

石神(シャクジ、サクジ)と書く場合もある。

ミシャグジは日本古来の神。

柳田國男によれば塞の神(サイノカミ)であり、もとは大和民族に対する先住民の信仰。

ミシャグジ神

ミシャグジ神

塞の神(サイノカミ)=境界の神、すなわち、大和民族と先住民がそれぞれの居住地に立てた一種の標識であると柳田國男は考察している。信仰の分布からミシャグジ信仰の淵源は、諏訪信仰に関わるとする見方もある。

もう一つ道祖神というのもある。

道祖神は、厄災の侵入防止や子孫繁栄等を祈願するために村の守り神として主に道の辻に祀られている民間信仰の石仏であり、自然石・五輪塔もしくは石碑・石像等の形状である。ウィキペディア

鏡山道祖神

鏡山道祖神

道祖神は様々な形があり、その中にペニスや膣を現わしたものもある。

このペニスの石像が、村の境界線に置かれているということは、やはり敵の侵入を防ぐ目的があったと思われる。

巨大なペニスは、縄張り内に強い兵士がいることの例えだともいえる。

 

それ以外にも男根をご神体にしている祭は多い。

御柱祭なども巨大なペニスを崇拝していたともいえる。

諏訪・御柱祭

諏訪・御柱祭

神様の数え方も「一柱」という言い方をする。

日本は男根信仰が一番深く根付いている国かもしれない。

そういえば、イザナミイザナギの神話でも「天の御柱」をぐるぐる回って神様を生む。

ペニスやワギィナが、子孫繁栄や豊穣を意味するところは大きいのだが、巨大なペニスが「強さ」を象徴していることも多い。

我欲の象徴

各国、宗教や道徳があり、あからさまに男根崇拝を表に出すことはない。

巨大な男根は、理性と反対の方向にあり、悪の象徴ともとられている。

特にキリスト教は、性欲は悪であり悪魔と同列の罪なのである。

仏教も同じ所がある。

アメリカ人が黒人を嫌う理由に、その巨根にあると誰かが力説していた。

男として、女性をとられる本能的な恐れがあるという。

それもなんとなく理解できる。

 

出雲の大国主は、インドの神様大黑様と混同されている。

大黑様は、上記に書いたインドのシヴァ神である。

大国主の別名に大穴持命(おおあなもち)という呼び名がある。

穴というのは膣という意味で、沢山の女性を持っている神様だという説もある。

 

歌麿の浮世絵は、世界に衝撃を与えた。

その大きいというビジョアルにも驚いたと思うが、絵画としての完成度も高く

タブーである性交をあっさり描いたところが大きなインパクトをうんだのであろう。

アーティスト歌麿のしてやったりとほくそ笑む顔が目に浮かぶ。

 

いずれにしても男子女子しかいない世界だ。

歴史の中で性的なことが大きく関わっているのは当たり前である。

歴史の謎解きも、そういう水面下の人の業を見抜かないといけないのかもしれない。

 

ただ、女性に言わせれば「大きければいいというものではない」らしい。

そこもまた大切な所である。

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