Artworks まなびながさきブログ

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母性原理と父性原理

   

スクールカウンセラーの本の中で、不登校、ひきこもりなどは母性原理で、非行や暴力、学級崩壊などは父性原理で対応するという事が書いていました。
「父性原理」とは、「切断する」という特性を示しているそうです。それは物事を主体と客体、善と悪、上と下などに切断し分類する考えです。
「母性原理」とは、「包合する」という特性を示していて、
すべての物事を良くても悪くても包み込んでしまう考えです。
これら二つの特性が絡み合いながら僕たちは生きているのです。
この二つのバランスは重要で、偏るとおかしくなってしまうのです。
能力主義、成果主義は「父性原理」を背景にしています。学校自体はこの「父性原理」がメインの場所でいいと思います。
学校は家庭ではありません。集団性を身につけることを強要しても当然です。
システムは「父性原理」でないと機能しないのですが、その中にいる先生、生徒の考え方まで「父性原理」に傾くと、当然集団や成果について来れない生徒がいます。
現実に「おちこぼれ」や「弱いものいじめ」の言葉は日常化してしまいました。
今の社会や組織には「母性原理」が不足していると感じます。
いま学校で不登校や保健室登校をしている生徒を、今までと同じような「父性原理」で対応する先生は沢山います。
先生が悪いわけではなく、学校全体、社会全体がそうだからなのです。
しかし、これらが批判されると、運動会などで競争を取り外してしまうといった場違いな「母性原理」が登場してきました。
バランスが狂っているのです。
スポーツの世界で言う言葉です。
「一人はみんなの爲に、みんなは一人の爲に」
一人はみんなの爲にというのは、自分を生かし組織を生かすという前向きな理性的決断で、「父性原理」が働き、
みんなは一人の爲にというのは、助け合う心、包み込む気持ちという「母性原理」です。
とても考えさせられる言葉です。

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