遺伝の貝

夏の暑い日。
マリンとジュンは、お父さんとお母さんと一緒に海にいきました。
「見えない所へいっちゃだめだよ」
お父さんは、パラソルをたてながら言いました。お母さんは、お弁当の用意をしています。
「あの大きな岩の下に、赤い貝があるのよ。去年きた時に隠しといたの」
「まだ、あるかなー」
マリンは、4つの女の子。
ジュンは、3つの男の子。
二人は、大きな岩の下までいってみました。
「あった!」
「あったね!」
ちっちゃな赤い貝でした。
きらきら光っている貝でした。
ジュンが取ろうとすると、突然大きな波が来ました。

ドドドーン

ジュンとマリンはクルクルとまわりながら海の底へ沈んでいきました。

大きなエイの「アンタ」は、海の底の底の「らせん城」へ行くところでした。
クルクルと回りながら沈んで行くジュンとマリンを見つけました。
「おや、子供が2人沈んでいくよ。おぼれたんだなあ」
大きなエイの「アンタ」は、二人をくるりと自分の体に包んで、らせん城に向かいました。

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「アンタ、何を持ってきたの?」
アンモナイト王子は尋ねました。
「人間の子供です。もう死んでいるかもしれません」

「死んでないよ!」
ジュンとマリンは、パチリと目を開けて叫びました。
「ここは、どこなの?」マリンは、心配そうに尋ねました。
「ここは、海の底の底のらせん城というところだよ。生きた人間は来ることが出来ないのに、おかしいなあ・・」
優しい顔をした、アンモナイト王子はジュンを見つめました。
「あれ? この子は、遺伝の貝を持っているよ。それで死なないんだ」
ジュンは、赤い貝をしっかりにぎりしめていたのです。
「この貝は、僕が見つけたんだ」
ジュンは、少しいばって答えました。
「ほんとうは私がかくしといたのよ」
マリンは少し怒っていいました。

「何を騒いでいるんだ」
お城の奥の方から、大きな声がしました。
恐竜男爵です。
「おや、人間の子供が、なぜいるの」
月の国のお姫様も、一緒にやって来ました。

「ここは、どこなの?」マリンが尋ねました。
「らせん城だ。ほろんでしまったものたちが住む命のお城だ」
恐竜男爵は、恐ろしい声で答えました。
「ついに、人間もほろんでしまったんだね」
月の国のお姫様は、悲しそうに答えました。
「違うんだよ。この子たちは、遺伝の貝を持っているんだ」
アンモナイト王子が答えました。

「この貝を持っていると死なないの?」
ジュンが尋ねました。
「いいや、人は死ぬんだけど、命を渡していくことが出来るのさ。昔、僕も、恐竜男爵も、月の国のお姫様も持っていたんだよ。だけど今は、人間が持っているんだ」
「ふーん、よくわかんない。えいのアンタさん、わたしたちを海岸につれていって。おかあさんが、心配してるかもしれないの」

「早く返してしまえ。こいつらは、海を汚してばかりいるんだ」
恐竜男爵は、ぷりぷりと怒って出ていきました。
「この前も、ガラスのびんで、指を切ったわ」」
悲しそうな声で、月の国のお姫様もお城の奥に帰っていきました。
「ジュンとマリン、お母さんの海岸に戻してあげるよ。帰る前に、約束してほしいんだ」
優しそうなアンモナイト王子は、話しだしました。

「海にゴミを捨てないで。海の仲間は、みんな困っているんだ」
「わかった」
「わかったわ」
ジュンとマリンが、はっきり答えました。
「ありがとう。僕たちと人間は、みんな兄弟なんだ。最初はみんな海で生まれたんだよ」
「お魚さんたちと、僕たちは兄弟なの」
ジュンは、不思議そうに尋ねました。
「うそよ。私にはうろこはついてないもん」
マリンは疑っています。
「ウソじゃないよ。兄弟だから、みんな、からだの中に同じ海の水を持っているんだ。さあ帰ろうか」

「お邪魔しました」
「じゃあ、バイバイ」
ジュンとマリンは、らせん城に別れを告げました。

「しっかり手をつないで、大きく海の水をのみこんでごらん」
ジュンとマリンは、しっかり手をつなぎ大きく海の水をのみこみました。
「アデニン、グアニン、シトシン、チミン。この子たちを海岸に返しておくれ。デオキシリボカクサン! 」
アンモナイト王子は呪文を唱えました。

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ジュンとマリンは、しゅるしゅると小さく小さくなりました。
「遺伝の貝は、大事に持っているんだよー」
アンモナイト王子のこえがだんだん小さくなっていきました。

ジュンとマリンは、小さな小さなプランクトンになっていました。
だんだん大きくなっていきます。
次に小さな虫になりました。
次は、小さなお魚になりました。
次は、大きいお魚になりました。
「ジュン、大丈夫?」
「大丈夫さ、遺伝の貝を持っているからね」
二人は、手をつないで泳ぎ回りました。
足がはえてきました。
手がはえてきました。
だんだん人間の体になっていきました。

「ジュン。マリン。どこにいるの」
お母さんの声が聞こえてきました。
「ここにいるよ!」

二人は、手をつないでお母さんのところへ、駆け出しました。

遺伝の貝は、いつの間にか手のひらの中から、なくなっていました。
きっと、二人の体の中に、とけて入ったんだと思います。


遺伝の貝
竹村倉二 著
一九九八年十二月
発行 アートワークス

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