なぜ東京都知事舛添要一氏は女性に嫌われるのか。

先日床屋に行ったら、そこの女性理容師から、「今朝のワイドショー見ました? 舛添って嫌いなんです。早くやめればいいのにね」と椅子に座ったとたん話しかけられた。

「えーそうですね」と生返事をして、私は黙り込んだ。

ワイドショウの舛添知識を、聞かされるのがいやだったからだ。

どうも女性からゴキブリのように嫌われているようだ。

ワイドショーが盛んに取り上げるのは、女性の負の反応の良さなんだろう。

舛添氏の記者会見

舛添氏の記者会見 http://sp.bokete.jp/boke/41818662

なぜここまで嫌われるのか各紙いろいろ挙げている。

釈明が見苦しいから。

会議費用と収支報告書に記載しながらも、実際は『家族旅行だった』などとという、カネの使い方が「ケチ」「セコイ」

肝心な事は一切、説明をしない傲慢な態度

上昇志向が強く上から目線

彼は結婚歴が4回(これは個人の自由だと思うけど)

 

公人なのでウィキペディアに生い立ちものっている。

生年月日 1948年11月29日(現在67歳)
出生地 日本の旗 日本 福岡県八幡市
出身校 東京大学法学部第3類卒業

2007年8月27日 - 2009年9月16日 第8-10代 厚生労働大臣
2001年7月29日 - 2013年7月28日 参議院議員
第19代 東京都知事

配偶者 フランス人女性(1978年 - 1981年)
片山さつき(1986年 - 1989年)
舛添雅美(1996年 - )

生立ち

福岡県八幡市 長男として生まれた。4人の姉がいる。

若松で石炭商を営んでいた父は、行き詰まって八幡東区で八百屋に転じたものの商いは厳しく、要一が小学2年の時に近くの材木店の火災で類焼して以降は酒に溺れ、一家は長女らの働きで糊口を凌いだ。

福岡県立八幡高等学校では陸上部の短距離選手としてインターハイにも出場した。
東京大学へ進学し、法学部では政治学科に進学し1971年6月に卒業した。

1979年に東京大学教養学部助教授に就任(政治学)。フランスを初めとする欧州の政治・外交・安全保障に関する研究を専門とし、国際関係論などを講じていた。

1980年代末から『朝まで生テレビ!』『サンデープロジェクト』『ビートたけしのTVタックル』などの討論番組に頻繁に出演した。1989年6月に東京大学の体質を批判して退官、舛添政治経済研究所を設立し独立する。独立後はバラエティ番組などにも活動の場を広げた。

 

蛇のような顔

擁護するわけではないが、子供の時は苦労人のようで、その後は努力の人のようだ。

輝かしい経歴もあり、それなりの事をやったとおもう。

女性から嫌われるのは、けちくささが際立って報道され、輝かしい職歴があだとなって、徹底的にたたかれている。

私は思うのだが、女性に嫌われるということは、風向きが変れば「好かれる」要素もたっぷり持っているということだ。

結婚歴が多いというのも、何回も好かれ、何回も嫌われたということの証である。

「あの蛇のような顔が嫌いなのよね」

女性に嫌われるということは、そうゆう事なのである。

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