2018年10月14日 平戸小屋くんちに出かける。

町内の掲示板でくんち開催を知ったからである。

平戸小屋くんち

稲佐地区界隈の人間で烏岩(からすいわ)神社の事を知らない人はいないだろう。丸尾中学校の裏門近くにあるので、丸尾校区ではおなじみの神社である。

烏岩神社

時代も古く、享保3年(1718)に平戸小屋郷(現・大鳥町)に保食大神(うけもちのおおかみ)を勧請しているとある。

しかし祭壇を見ると狐が鎮座していてお稲荷さんである。

烏岩神社 神殿

あれっ

保食大神と稲荷は違うはずなのにと思い調べてみると、一般的には、稲荷の主祭神は「倉稲魂命(うかのみたまのみこと)」とある。

どういう事なんだろうか

稲荷とは

豊川稲荷の狐(愛知県)

大体、稲荷とは渡来民の秦氏から伝わった氏神的な存在である。秦氏は日本で大活躍をした一族で、その繁栄を見て秦氏が信仰する稲荷も日本中に広まったとされている。

お稲荷さんと言えば狐だが、本来全く関係がない。

その発端は稲荷神と習合(合体)した宇迦之御魂(うかのみたま、保食大神と同じとされる)神の別名に御饌津神(みけつのかみ)といい、このみけつの神という読みに「三狐神」と当て字をしたのが発端とされている。

それから稲荷神と狐という組み合わせが出来たのである。

実に適当な話である。

渡来民の秦氏の氏神というなら仏様のはずである。なぜなら秦氏は渡来人だからだ。日本国以外に神道はなく、日本以外から来た秦氏が神道の神を氏神にするはずがないのだ。

宇佐神社 秦氏の本拠地とされる

しかし日本の神仏習合という考え方がそれを可能にした。神仏習合とは文字通り神様と仏様をごちゃまぜにしたのだ。

こんな事は日本しかやらなかったのだが、日本の信仰にあっていたらしく明治維新の神仏判然令が出るまで1000年以上続いていた。

そんなわけで烏岩神社は稲荷様を祀っているのである。

 

広助の『丸山歴史散歩』のHPに享保3年(1718)当時の浦上淵村平戸小屋郷の鎮守神としてお祀りされ、あわせて白髭大明神、若島大明神も備わっていますとある。

祭壇を見ても、そんな神様は祀っていないようだったが、記録にあるとすれば祀っていたのだろう。

白鬚(しらひげ)神社は、滋賀県高島市鵜川にある神社で祭神は猿田彦命(さるたひこのみこと)、若島大明神はネットにも載っていなくて不明である。

多分特別な意味がなく、いろんな神様をまとめて祀るのも地域の神社ならではだと思う。

平戸小屋(ひらどごや)くんち

烏岩神社

平戸小屋(ひらどごや)くんちという名称だが実際には大鳥町の町内会が行っている。

大鳥町という町名は、三菱電機の裏手の崖を大鳥崎(おおとりがさき)と呼んでいたことに由来すると言う。

今では確認するすべはないが大きな鳥の形の岩があったと推測される。

改めて大鳥町の地形を見てみれば、大きな岩がたくさんある地域である。江戸時代には大きな岩が立ち並び、住むよりは景勝地とされたことがよく分かる。

六十余州名所図会 肥前長崎稲佐山


平戸小屋(ひらどごや)の由来はよく知られており、江戸時代、平戸藩の陣屋があったからである。

由来は立派でも、小屋というのが昔は気に食わなかった。ほったて小屋などの言葉もあり、粗末な家が並んでいるイメージがどうしてもあったからだ。

 

烏岩神社の石の鳥居の文字を見てみると文政10年(1827年)という年号があり、「平戸木屋村中安全」と書かれている。

烏岩神社 鳥居

私と同じように感じていた人達がいたのだろう。「平戸木屋」とわざわざ彫り込んでいる。

鳥居


現在の平戸小屋や大鳥町を見ているので、烏岩神社がみすぼらしく見えてしまうが、江戸時代埋め立てが行われていない海岸線を想像すれば、大きな岩山の堂々とした神社だったのだろう。


境内に石碑が立っている。そこには「クラウン製パン株式会社 500万円 松岡一吉 平成5年?」と書いている。平成の部分は五年と読めそうなのだがよくわからなかった。

石碑

石碑

まずその金額にびっくりした。

500万円である。大きい金額だと思う。そしてクラウン製パン株式会社とある。

調べると福岡北九州市の大きなパン屋さんである。創業70周年とある。結構な老舗と言えるだろう。代表取締役に松岡隆弘氏の名前がある。石碑の名前と苗字が同じなので、先代が松岡一吉氏なのかもしれない。

奉納の500万円をどこに使ったのかはわからないが、この烏岩神社に大金を奉納してくれる人がいたという事である。

烏岩

そしてそれは、烏岩神社は、この地域の人気が高いという事である。


祭りの途中で神社から引き上げた。

その帰り際に遠目で烏岩神社を眺める。

烏岩神社

それは長崎港をまさに睥睨できる場所に存在していた。

昔はこの烏岩にみんなが登っていたと書いてあった。きっと登った人はその見晴らしに感嘆しただろう。

そんな情景が目に浮かぶ。そんな古い神社だった。