先日、初詣がてら佐賀の祐徳稲荷へ行く。

長崎からだと、高速を使えば30分ほどで嬉野インターにつくのでかなり近い。

平日だが参拝客が多く、さすが日本三大稲荷の一つだと感心する。

祐徳稲荷神社

萬子媛(まんこひめ)

鹿島藩主鍋島直朝夫人で、後陽成天皇の孫・左大臣花山院定好の娘の萬子媛(まんこひめ)が、朝廷の勅願所であった稲荷大神の御分霊を勧請したのに始まる。ウィキペディア

この話を同行者にしつこく話しながら参道を歩く。

昔から、僕はこの「萬子媛(まんこひめ)」の名前がおかしくて、必要以上に人に話し、ヒンシュクを買うのが常である。

しかし九州人には、関東人に比べ、その言葉のインパクトの強さはなく、どちらかと言えば子供の頃によく聞いた「ボボ・ブラジル」の方が強烈だったのを覚えている。

奥の院

断崖の上の拝殿まで行き参拝。その後がんばって奥の院まで登る。

奥の院

中国語のグループも相変わらずいるが、あまり気にならない。

朝のウォーキングの成果だろう。険しい階段もそれほど苦にならないのが嬉しい。

登り終え山頂でも参拝を済ます。

奥の院からの眺望

この奥の院上りはオススメ。頂上に登ると実に清々しい気分になれる。

眼下に広がる佐賀平野と有明海を一望できるのも嬉しい。

まさに嬉野である。

嬉野の歴史は古く、神功皇后の時代まで遡ることが出来る。

神功皇后が西征のかえり、傷を負った白鶴をみつけたが、その鶴が温泉で湯浴みをして元気になったのを見て、「あな、うれしや」と言ったという伝説から、嬉野になったとされている。

嬉野温泉は、江戸時代に長崎街道の宿場町として栄えたという。またお茶の産地でもあり、長崎人としても親しみのある街だ。

祐徳稲荷神社内に、臘梅(ろうばい)という梅に似た黄色い花が咲いていた。

臘梅

この臘梅(ろうばい)は、学術的には梅でなくバラの仲間なのだが、その花の趣が梅と同じであり、清楚として可憐である。

そして、その黄色い花は祐徳稲荷の赤い柱によく似合う。

ここ以外にも、外苑の公園にピンクや白い梅も満開であり、すごく得した気分になった。

梅は中国原産で時代は不明だが古代に日本に持ち込まれた植物である。

しかしその花の清楚な美しさは平安貴族に愛され、万葉集に数々の梅の花を用いた和歌が読まれている。

ただ、庶民には春の桜と秋の萩が好まれていたようで、梅は中国の漢詩に影響された貴族たちが褒めそやした花とも言われている。

大宰府 天満宮 飛梅

九州で梅といえば、太宰府天満宮である。

さだまさしの歌でも「飛梅」という歌もあり、「東風(こち)吹かば」の歌を覚えている人は多い。

「東風(こち)吹かば にほひをこせよ 梅の花、主(あるじ)なしとて春な忘れそ」 菅原道真

や、俳句でも

「梅一輪 一輪ほどの 暖かさ」 芭蕉の弟子 服部嵐雪

等がある。

いずれの歌にしても、梅の花の清々しさや、薫り高い慎ましさの中の華やかさを歌っていると思う。

梅園身代り天満宮

1月末から2月上旬は梅の季節である。

長崎市内で梅を見ようとすれば、お勧めは「梅園身代り天満宮」だろう。

丸山の花月の近くにある、小さな天神さんだがなかなかいい。

名前の由来は創建者の安田次右衛門が何者かに襲われたが本人は無傷で代わりに自邸のほこらの天神様が傷を負っていたという話からきている。
https://www.nagasaki-tabinet.com/guide/61018/

また、なかにし礼の小説『長崎ぶらぶら節』の主人公である丸山芸者・愛八が足繁く通っていたという神社でもある。

身代わり天神

この神社の祭神は、当然菅原道真で、天神さんの神使である臥牛の像もちゃんと置かれている。

身代わり天神


僕もカメラを持って、もうそろそろ行こうかなと思っている。