松島神社

石の鳥居には松嶋神社とかかれ、拝殿の上には松嶋稲荷神社と書かれている。
 

松島神社

松島神社

石の鳥居には天保(1831年から1845年)の年号が刻まれているので、本当は松嶋神社が正解なんだろう。
 

松島神社

 
立派な神社なので、ネットに詳しい説明が掲載されているかと思ったら、今はやりの御朱印がいただける神社という書き込みが多く、核心に触れるものが少なかった。
 
神社由緒
往古より現今の境内、氷川社の側なる老樹の下に細やかな稲荷の小祠があり霊験顕著な、お山であるとして、その昔は多くの篤信者の浄財寄進によって崇高な神殿が造営されたのです・・・。
 
 
なるほど。
 
松島神社という名称についても、立て札には、当時この一帯は松林で島の絵姿をしていたから、松嶋稲荷大明神を正保三年この地に移転したから、大村の捕鯨家、松嶋與五郎が当社を信奉することが深かったから、などが書いている。
 
松嶋與五郎という人物は、大瀬戸町の松島で鯨組を行った人物である。本来は深沢与五郎という。
 

捕鯨

当時、松島近海には鯨が多く、松島と瀬戸の水道をクジラが群れをなして泳いでいたそうである。クジラ1頭獲れば七浦うるおうと語られ、松島は豪華な邸宅、蔵、長屋が立ち並び、松島鯨組の名声とともに東西に知れ渡ったとある。
 
そのクジラ漁で得た巨万の冨は、ため池の建設など公共事業に私財を投じ地域の住民から尊敬されたと記録にのっている。
 

大瀬戸 松島の松島神社

そしてその大瀬戸町の松島には松島神社がある。若宮八幡宮と祇園三所天皇の二社が合祀されていて、境内にはクスの大木もある。
 
氷川神社とは、素戔嗚尊を主祭神とする神社で、全国に200社以上ある。特に埼玉県、東京都に多いのだが、松島の松島神社は祇園三所天皇も祀られている。
 
祇園といえば、牛頭天王(ごずてんのう)であり、素戔嗚尊である。
 
こうなると、神社由緒にあった、「氷川社の側なる老樹の下に細やかな稲荷の小祠があり」という文言にピッタリである。
 
松島の松島神社のクスノキの近くに、小さな氷川社があったのだろう。または祇園三所天皇の事を氷川社と呼んでいたのかもしれない。
 
いずれにせよ、その松島の松島神社ないにある稲荷を、長崎のこの地に、松嶋與五郎と呼ばれた人物が祀ったのだろうと思われる。
 
なぜこの地かといえば、この場所から、難所、日見峠を目指すからである。
 

日見峠 https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-b7-7a/misakimichi/folder/1585315/79/32302079/img_4?1202511980

長崎街道の最初の難関に際し、旅人たちは、いろんな神様に願掛けをしたのだと思う。なので、参道にはいろんな祠があり、ここが祈りの場だったことがよくわかる。
 

松島神社 参道

松島神社 参道

松島神社 参道

松島神社 参道

松島神社 参道

 
それほど、昔は旅が危険だったのだろう。
 
松島神社はいろんな碑が立っていたり、祠がちゃんと祀られている、きれいな神社である。
 
宗旨に関係なく、ここで旅の安全を祈った雰囲気がしっかり残っている神社だと思う。