子供たちの肘張りお辞儀が気になる

発表会では、演奏の前にお辞儀をする。

そのお辞儀の話である。

発表会でのお辞儀

すべての子供たちではないが、おへその上に手を当てて、肘を張ってお辞儀をする子供たちがいる。

長い間、子供たちを見ているが、これほど肘を張ってお辞儀をする姿は、最近のようだ。

ネットでは、この肘張りお辞儀は、「朝鮮式のお辞儀、コンス」と言い、日本人のお辞儀ではないと、非難する人が多いようである。

韓国のお辞儀

たしかに、新しいお辞儀であることは間違いない。

しかし、いろんな場面で使われており、極端ではない限り違和感はない。

百貨店のお辞儀

手を前に組むというのは、礼儀上正しいと思える。

ただ、和服の場合に肘を張って、頭を下げるのはやはりおかしい。

お辞儀

しかし、洋装でドレスの場合、(主にウェディングドレス)の場合、ブーケを持っているので、どうしても肘が張りがちである。

お辞儀というのはアジアの習慣なので、西洋には、こんな迷いはない。

手を前にもって組むというのは、日本の畳の上のお辞儀を連想させるもので、かしこまった雰囲気は確かにある。

だが、小笠原流などの指導は、極端にへその上に手を重ねることはない。

小笠原流

コンビニで、男性が手を前に組み肘を張ってお辞儀をするのは、なんだかみっともない。

ファミリーマートのお辞儀

いかにも前掛けをした商人のようで、もみ手を連想させられてしまうからだ。

写真のポーズ

女性の立ち姿を撮影するとき、手がだらりとしていると、なんだか締まらなく見えるものだ。

そんな時は椅子を用意して、椅子の背を持たせたり、帯を触らせたりする。なるべく自然に見せるためである。

私の結論とすれば、自然さが決め手である。

ただこの自然さが曲者で、自然に見せるには、不自然な工夫が必要なのだ。

着物の写真

当たり前といえば当たり前だが、子供たちのお辞儀に違和感を覚えたのは、不自然さが見えたからである。

デパートや航空会社、コンビニは、客商売のしぐさである。

ピアノ発表会のお辞儀は、挨拶である。

その場の状況と、着ている洋服でお辞儀の形も変わってほしい。

お辞儀は、日本の謙虚さが必要である。

肘を張れば、謙虚さと自然さが消えてしまうものだ。

かといって、自然に任せると、美しく見えないものである。

やはり礼儀作法の「型」は、必要かなと思っている。

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