諏訪神社

長崎で一番有名なのが諏訪神社で、「おすわさん」と呼ばれ親しまれている。
 
特に10月7日から9日までの例祭は長崎くんちとして超有名である。
 

諏訪神社

弘治年間より長崎に祀られていた諏訪神社・森崎神社・住吉神社の三社が起源でとされている。
 
この神社は、対キリスト教の為に作られた神社で、松浦一族で唐津の修験者であった初代宮司青木賢清(かたきよ)を起用し、大々的に対キリスト教を打ち出している。
 
なので、長崎くんちの奉納も、イベント色が強い。
 

諏訪神社 龍踊

国策として作られたので、神社の性格も長崎奉行が決めてしまった。
 
それは諏訪神事を長崎市民の神事と認定し、諏訪神は長崎の鎮守であり、長崎市民は皆その氏子となると定められた。
 
まあ、キリスト教の排除は、国家の防衛のために必要なので、しょうがないだろう。
 
なので、祭神は諏訪神社・森崎神社・住吉神社の三社なのだが、特別な故事は、特にない。
 
しかし、この神様を祀っているのは意味がある。
 

住吉神社

三社の一つの諏訪神社は超メジャーな神社で、建御名方神(たけみなかたのかみ)、八坂刀売神(やさかとめのかみ)を祭神としている。
 

諏訪大社 
空soraそら https://sora07.exblog.jp/19376120/

 
総本社は長野県の諏訪湖周辺にある、諏訪大社(すわたいしゃ)で、創建の年代は不明だが、日本最古の神社の1つといわれるほど古くから存在する。
 
祭神の建御名方神は、出雲の大国主神の子供である。
 
登場する場面は、国譲りの場面で、天孫族の天照大御神が、葦原中国(大和の地)を統治する為、地上へ使いを出す所から始まる。
 
なにせ古事記の話なので、神様の名前や用語が難解なので、超訳で書くことにした。ちゃんとした話はいろんな本を読んでほしい。
 
余談だが、この名前に「建(たけ)」が付く神様は、すべて武闘派だと思ってもいい。例えば、ヤマトタケルや、須佐之男命の子供のイソタケルもそうである。
 

超訳 国譲り

天鳥船神(アメノトリフネ)という神が乗る空飛ぶ船に、建御雷神(タケミカヅチ)という武闘派が出雲にやってくる。
 

国譲り

出雲の大国主神は、建御雷神と話し合うが、国譲りの件は、子供の事代主神が答えるといって即答を避ける。
 
そこへ出雲の武闘派、建御名方神(タケミナカタ)が、手に大岩を持ってやってきて、天孫族の建御雷神に喧嘩を売る。
 

建御名方神(タケミナカタ)

建御雷神(タケミカヅチノカミ)

「てめえ、いきなり天からやってきて、勝手な事を言うんじゃねぇ」

「上等じゃないか。神に逆らうと、どうなるか教えてやる」
 
その喧嘩を買った建御雷神は、Xマンのように手を剣や氷に変化させ、建御名方神をぼこぼこにして、殺そうとしたが、建御名方神が降参して、葦原中国を天孫族に譲る約束をした。
 
こんな話である。
 
なんだ、弱い奴じゃないかと思うかもしれないが、相手はXマンのような神なのである。しょうがないのだ。
 
しかし、大和の地方では名の知れた軍神で、武勇伝はたくさんある神様だ。
 
なので、この神様を祀る諏訪大社は、武人の信仰を集めている。
 

御柱祭

 
あの危険な御柱(おんばしら)祭や、諏訪の神が蛇または龍である伝説、諏訪大社上社の御頭祭(おんとうさい)では、神様に鹿の頭をささげるなど、古代の縄文人を思わせるものが多い。
 
なので、長崎の諏訪神社にも、その神の力を持ってキリシタンを封じ込めるという、幕府の思いがあるのである。
 
もう一人の祭神の八坂刀売神は、建御名方神のお嫁さんである。
 

住吉神社

大阪・住吉区「住吉大社 摂津国 一之宮」

住吉神社も超有名な神様である。
 
総本社は大阪府の住吉という街にある。
 
祭神は底筒男命(そこつつのおのみこと)・中筒男命(なかつつのおのみこと)・表筒男命(うわつつのおのみこと)という、3人トリオの神様で、海の神である。
 
この筒男(つつのお)という名前が謎で、「津の男(津ツ男)」、「ツツ」を星の意とする、船霊を納めた筒の由来、対馬の豆酘(つつ)から「豆酘の男」とする説がある。
 
私は、神道の発祥地、対馬の豆酘(つつ)地域説を押している。
 
さらに、神功皇后も祭神の中に入れられていて、住吉三神(筒男三神)は神功皇后の新羅征討において皇后に託宣を下し、その征討を成功に導いたとされているからである。
 

神功皇后

 
 
長崎には神功皇后伝説が多くあり、その意味も込めて、諏訪神社には住吉神社を入れていると思う。
ここまではいいのだが、あと一つの森崎神社が謎なのである。

森崎神社

祭神は、あのイザナギ、イザナミなのだが、森崎神社がどこにあったのかも不明なのである。
 
しかし、前の県庁がある、長崎岬の先端地域・森崎の地にあったらしいという事だけはわかっている。
 
越中哲也さんは、森崎の地にあった「被昇天のサンタマリア教会」が破壊され、その跡地に建てられた祠(ほこら)であった、とする説を唱えている。
 
私もその説には賛成である。
 
何せ、諏訪、住吉と日本のメジャーをそろえている諏訪神社である。
 
名もなき森崎神社を加えているという事は、キリシタンの教会を破壊した事実を、当時の長崎人に知らしめているという、脅しのような役目を持っていると思う。
 
この事は一度書いているので興味のある人はどうぞ
 
おくんち 諏訪神社の御神体の一つ 森崎神社はキリシタン鎮魂?
https://artworks-inter.net/2019/10/09/おくんち-諏訪神社の御神体の一つ%E3%80%80森崎神社の謎/
 
以上のように、強力で有名な神様を2体もってきて、さらにキリシタン排除の象徴の森崎神社を加えることで、長崎のキリシタンに猛烈にアピールしたといえる。
 

諏訪神社

諏訪神社

しかし、それも昔の話。
 
今は、長崎の鎮守として親しまれ、毎年のおくんちを楽しみにする方であふれている。
 
だが、あまりイベント色を強く打ち出し続けると、霊的な厳かさが打ちなわれてしまうのも事実。
 
うまくバランスをとってほしいと思う。