甑岩神社 長崎を見守る日本武尊

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甑岩神社

長崎市飯香浦町3807-イ
 
この神社を訪れるのは2度目である。場所をざっくり言えば、長崎市の東部にあり、愛宕を過ぎて飯香浦に行く道の途中の山の中にある。
 
https://artworks-inter.net/ebook/?p=371
 
 
地図で見ても山の名前はついていないが、甑岩というのが山の俗称のようで、高さは約363メートルだという。
 

甑岩神社

到着すると、右手に銅像があり、参道も車で行く道と遊歩道になっている直線の道がある。
 
バス停の近くにある最初の鳥居の右手にはブロンズ像と石碑が立ち並んでいたが劣化していて文字が読めなかった。後で調べると「森田丈太郎君像」というらしく、長崎から飯香浦への道を整備した人物だという。
 

甑岩神社鳥居の横

甑岩神社 バス停

甑岩神社の参道

ある程度歩くと、駐車場につき、その先はグランドになっており、展望台もある。
 

甑岩公園

甑岩神社への案内板

甑岩神社の参道にある鳥居

甑岩神社参道の大きな石灯篭。金網で囲まれていた。

神社への入り口

整備されていて、山の中にある参道も、神社の手前までコンクリートで舗装されているので、バイクなら甑岩のすぐそばまで行ける。
 
神社の名称だが、道案内には「甑飯岩神社」、鳥居の神額には「甑飯神社」、拝殿の額には「甑飯岩神社」とある。
 
参道の途中に小甑岩(ここしきいわ)がある。初日の出などは、回り込んでこの岩の上まで登るという。
 

小甑岩

 
なので正式には甑飯岩神社というのだろうが、読みは「こしきいわ」で間違いない。
 

甑岩神社の参道

甑岩神社の参道の仁王

甑岩神社参道の地蔵

甑岩神社

甑岩神社

甑岩神社 拝殿

甑岩神社 拝殿の中

甑岩神社 拝殿わきの祠

岩に埋め込まれた拝殿

甑岩神社の眺望

甑岩神社からの眺望

神功皇后伝説

この甑岩には昔話がある。
 
昔、神功皇后が茂木に上陸した時「三韓(朝鮮半島)が見える所はないか」と尋ねられ、土地の人がこの岩を案内した。
 
昼食の為、甑(こしき、昔の蒸し器)で飯を炊くと、ふもとの海岸までその匂いが伝わり、ふもとの浦を飯香(いか)の浦、この岩を甑岩と呼ぶようになった。
 
この話には続きがあり、飯香浦の南部にある茂木は、神功皇后が着替えをしたので裳着(もぎ)と呼び、後年茂木という地名になったとある。
 
神功皇后は伝説の人物で、西暦でいえば200年以降と推測されているが定かではない。
 
長崎の神の島や長与にも神功皇后の伝説が残っていて、、さらに神功皇后が朝鮮へ行く途中腹に石を巻いて出産を遅らせたとされる鎮懐石(ちんかいせき)または月延石と言われる石が、長崎市内の神社に多く祀られている。
 
また、江戸時代の長崎名勝図絵に「その頂に巌あり、甑の形のごとし崇くそびえて峭絶す」とあるくらいなので、昔から有名だったのだろう。
 
創建がいつなのかは不明だが、祭神は日本武尊である。
 
ここが不思議なところだ。
 
神功皇后は気長足姫尊(おきながたらしひめのみこと)とも言い、あちこちで祭神になっている。
 
長崎市内なら八幡町の宮地嶽神社、女神大橋の神崎神社、神の島の池神社が祀っている。
 
ところが甑岩神社の祭神は日本武尊(やまとたける)だ。日本武尊は、神功皇后の義理の父になる。
 
なぜだろうか。
 
推測だが、やはり神功皇后の伝説は後付けではないかと思う。
 
それは甑岩神社が巨岩、もしくは山自体を神様として祀っているからだ。
 
つまり、地元の神様なのである。
 
日本武尊の話は地方制圧の話だが、一人の日本武尊の話ではなく、各地方の勇者の話だと推測されている。
 
なので長崎を守る勇者の存在を日本武尊に託したのだろう。
 
それなら神功皇后でもよさそうだが、力強い日本武尊のイメージと、神がかった皇后なら、磐座に最適な勇者のほうを選んだのだろう。
 

長崎日本武尊(ヤマトタケル)伝説

実は30代のころ、この甑岩の日本武尊伝説が長崎の地名に関係していると思い立ち、長い駄文を書いたことがある。
 
例えば、日本武尊が死んだのが能褒野(のぼの)で、そのあと白鳥になって飛び立つという内容に、長崎の野母崎の野母は、日本武尊伝説の能褒野から来たのではないかという推理である。
 
http://artworks-inter.net/pc/2016/01/18/post-93/
 

日本武尊

 
 
ほとんど妄想だといわれたのだが、その当時の私にとって大発見だったのだ。
 
そして、それ以後ずっと古代史の謎説きという暗闇に落ちたのである。
 

八釼神社の日本武尊

長崎で日本武尊を祭っている神社に八釼神社というのがある。
 
 
この神社の創建は1661年で江戸時代初期である。
 
長崎ではこの二つしかないと思う。
 
神社にとって祭神は最重要なものである。
 
様々な解釈ができる日本武尊がなぜ祀られたのか、そこが重要なのだ。
 
私なりの妄想はあるがここでは省略する。
 

長崎の守り神

甑岩公園の展望台

甑岩公園の展望台

甑岩公園の展望台から長崎港を見る

甑岩公園の展望台 雲仙岳

甑岩神社から見える景色は雄大である。
 
さらに甑岩公園の展望台からだと、すべての長崎が見渡せる。
 
これは長崎の磐座の神々に、長崎を見守ってほしいという願いの表れである。
 
まれにみる景色なので、お勧めでもある。
 
 

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