日本中がコロナ禍の報道で1年が過ぎた。
 
そして2021年令和3年を迎えた。
 
都会にいる兄弟家族は、マスコミに脅かされているので、実家には来ない。
 
という事で、今年は親子二人の正月となった。
 
今年も二日に初もうでをする。
 
といっても大きな神社に行くわけではなく、地元の祠にお参りをした。
 

恵比須神社

恵比須神社

恵比須神社

旭町の旧商店街の裏通りの崖の上にあるのが恵比須神社。昔はこの下まで海が来ていたらしい。
 
祠に祀られている恵比須様の顔が福々しい。
 
まずここで二礼二拍手一礼。
 
いつから建てられているのか不明だが、掃除も行き届いており、昔よりこの地の氏神様として鎮座しているのだろう。
 
恵比須様なので、漁師の人たちが祀ったのだ。
 
お参りした後、海岸の方に行く。
 

船津郷

船津郷

途中に金網の張った場所があり、その看板には船津郷という名称が書いている。
 
船津郷という郷名は複数あり、今の西坂町も1898年(明治31年)以前は船津郷といっていた。
 
船津とは文字の通り港だった地域である。
 
なので長崎駅は昔海だったのだ。
 
稲佐山の麓は淵村だった。今の旭町は浦上淵稲佐郷で、恵比須神社のあたりの旭町は、120年前は浦上淵船津郷だったのである。
 
昔の郷名を見れるのは、おそらくここだけだと思う。
 

稲荷神社

稲荷神社

稲荷神社

大きな道を旭大橋の下まで歩くと、ここにも古い稲荷神社がある。
 
この場所は志賀の波止と呼ばれていて、1924年(大正13年)には大波止との間に市営交通船が就航していた場所である。
 
この場所は稲佐だったが後に旭町になった。
 
旭という字は、ただの朝日ではなく、日の昇る様子などを表す言葉で、押さえつけたものをはねのけて光が地平線に出て輝くイメージを含む言葉である。
 
ただ、知らない人に地名を言うとき「旭という字は、小林旭の旭と書きます」と説明する。
 
だがこの説明もだんだん通用しなくなってきている。
 
この祠でも二礼二拍手一礼。
 

信仰

普通の人はこんな小さな祠に初もうでに来ないと思うのだが、地元の神様である。
 
まずは新年のご挨拶をしたのである。
 
年末の行事や正月のしきたりは大切にしたい。
 
合理的な人は興味がないかもしれないが、しきたりや信仰は生活の基盤であり、自分のアイデンティティそのものである。
 
特に信仰は、人間とサルとを分けた重要な事柄である。
 
小さな地元の祠が、なぜ今まで存在していたのかを考えたい。
 
そこには人々の祈りがあったからである。
 
その祈りこそ、この地に生きて人たちの、思いの量子の重なりであり、閉じ込められた時間の座標なのである。