五社稲荷神社の一の鳥居

五社稲荷神社の一の鳥居

五社神社下のバス停

場所は、にっしょう館というホテルの真下にある。

一、二の大きな石の鳥居が参道にあり、社殿へ続く参道の入口には、バス停「五社神社前」もある。

たぶん昔は、参道を横切る道路がなく、一の鳥居あたりから山道を一直線に登っていったと思われる。

五社稲荷神社の参道入口

五社稲荷神社の参道

社殿に近い参道は細い石段を上り、鉄製の赤い鳥居が社殿の近くに3基、上がりきった所に1基ある。

残念だが鉄製の鳥居は細くて趣がない。

五社稲荷神社

五社稲荷神社

登りきった境内からは長崎港が一望でき、景観は長崎のトップスリーに入ると思う。

社殿は赤く塗られたコンクリート製で、社殿は平入りと呼ばれる壁に拝殿入り口がある神明系だが、鳥居は笠木の両端が反り上がった明神鳥居だ。

社殿を建て替える時に、たぶん神社の様式にそれほど気を使わなかったのかもしれない。

五社稲荷神社の拝殿

五社稲荷神社

社殿の中には神道系の祭壇があり、稲荷系ではない。

一番奥には石の扉があり、大きな岩が御神体のようだ。社殿を横から見ると、やはり岩につながっていて、巨石信仰である。

五社稲荷神社

五社稲荷神社

鳥居の神額には五社稲荷神社と書かれているが、これは五社神社と稲荷神社を合わせて呼んだものだと判明。

つまり大きい社殿は五社神社で、社殿の右横には稲荷の祠があるので、これが稲荷神社だ。

五社稲荷神社

五社神社とは、5柱の神を祀るという意味であり、祭神は特定されていない。

巨石を祀っていて御神体は鏡。とすればアマテラス系の神々を祀っているのだろう。

拝殿の額に?神と書かれているが、この文字を調べてもわからなかった。

五社稲荷神社からの景色

西坂町には昔、船津郷、岩原郷、馬込郷という地域があり、五社稲荷神社は岩原郷にある。

なぜ西坂というかというと、長崎氏の鶴城からみて西の方角にあったからである。

五社稲荷神社の一の鳥居には、明治14年と彫られており、この時代に参道が整備されたのだろう。

五社稲荷神社の建立は不明だが、社殿の作りを見ればかなり新しい時代に建てられたもので、社殿そのものに歴史は感じられない。

だが巨石信仰は長崎の古い神社には多いので、この場所の信仰はかなり古くからあったと思われる。

五社稲荷神社

巨石信仰は、古い神道にある磐座(いわくら)と呼ばれる。

磐座信仰は古墳時代からあると言われているので、長崎港が一望できるこの磐座は、古代より重要な神域だったのだと思う。

長崎の山々にある神社の多くが、社殿と巨石が結合している。

という事は、古代の信仰が長崎に多かった証だ。

何故岩を信仰の対象にしているのか、もっと考察が必要なのだが、それが長崎の文化の根源なのかもしれないと思う。