場所はチトセピア、住吉市場の近くで、商店街が切れたところにある。
 
私はこの近くに住んでいたので何度も参拝している。秋になると住吉くんちが行われるし、馴染みのある大きな神社だ。
 

住吉神社

住吉神社 参道

住吉神社

住吉神社はたくさんある。市内で参拝済なところでは女の都の住吉神社、川平の住吉神社である。
 
市内の諏訪神社にも住吉神が祀られていて、長崎くんちでは神輿が繰り出される。
 

女の都の住吉神社

長崎くんち 御旅所の神輿 一番左が住吉神

住吉神

住吉神社の祭神は住吉三神と呼ばれる、底筒男命(そこつつのおのみこと)、中筒男命(なかつつのおのみこと)、表筒男命(うわつつのおのみこと)の神様のことだ。
 
この三柱の神様は、イザナミが火の神様を生んで、火傷で死に、黄泉の国へ行くのだが、夫のイザナギが取り戻そうとしたがかなわず、黄泉の国から命からがら戻ってきた時の禊で生まれたとある。
 
この古事記の話からもわかるように、なかなか意味深の神様だ。
 
住吉三神は神功皇后の三韓征伐の神託の際に登場するので、住吉三神を祀る神社では、息長足姫命(神功皇后)を祀る所も多い。
 
日本全国に約600社有るという住吉神社の総本山は大阪の住吉大社だ。本殿4棟は国宝に指定されている。
 
いろんなご利益があるが、最も有名なのは航海守護神としての信仰だ。
 
長崎は土地柄、海の神様を祀る神社が多い。
 
金毘羅様やヱビス様、弁天様もそうである。その海の神様の中で、住吉三神と宗像三神は別格扱いとなっている。
 
海の神様の住吉三神と宗像三神がともに、三柱の神様で構成されているのも不思議だが、住吉三神の筒男という名前も不思議なのだ。
 
これにはいろんな説があり、星座のオリオン座のことだとか、ウミヘビではないかという説もある。
 
私は多説の中で、地名から来ているという説を調べに、対馬の豆酘という場所に行ったことがある。
 

住吉神社の由緒

住吉の住吉神社の由来だが、西暦994年に建立された神社とあるが、一の鳥居のそばにある破れて読みにくい立看には、寛永11年(1634年)御鎮座と記されている。
 
更に沿革では神功皇后三韓征伐の御時 神助を得んために祀られしもので時津港口が海の玄関口として栄えていたころ長崎にいたる宿場町として住吉神社の信仰の程が考えられる、とある。
 
つまり、この地で住吉神社の信仰が始まったのが時津港口が海の玄関口として栄えていた時代だとある。
 
となれば長崎港が開港と呼ばれる時代より、かなり前から住吉の信仰があったのだろう。
 

住吉神社

住吉神社の神木

住吉神社

住吉神社 狛犬の口に賽銭が入れられている

住吉神社 拝殿

住吉神社の千木

また、何度も建て替えられているので、現在の神社は立派である。
 
建築様式は住吉造に寄せて建てられており、屋根に外削ぎの千木をもっている。
 
境内には大きな神木があり、拝殿右手には狛犬と鳥居が原爆の被害にあったことが記されている。
 

稲荷神社

祐徳住吉稲荷神社

祐徳住吉稲荷神社 参道

神功皇后(?)の祠

神功皇后?

山崎大神の祠

山崎大神 不明

狛犬

お稲荷さん

祐徳住吉稲荷神社

祐徳住吉稲荷神社 拝殿

拝殿の左手には祐徳住吉稲荷神社の入口がある。佐賀県鹿島市の祐徳稲荷神社から御霊分けされたとあり、こちらもしっかりとした作りである。
 
神殿には宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ・食べ物の神様)が祀られていて、右手にはその使徒の狐の祠がある。
 
参道の左手には、たぶん神功皇后と思われる像がある祠と、山崎大神と書かれた小さな祠があり、周りにはヱビス様と意味不明のゴジラのような像がある。
 
この作りを見れば、手作りと思われる狛犬があり、作者は同じ人じゃないかと思う。
 

住吉神社

この地に住吉神社があることで、古代の長崎は時津方面が栄えていたことがわかる。
 
開港以前の長崎の姿が想像できる貴重な神社である。
 

住吉くんちのコッコデショ