長与 毘沙門天王神社と鍋石さま

毘沙門天王神社

毘沙門天王神社

毘沙門天王神社

場所は長与港の舟津橋を渡り、山を目指して登る山道の途中にある。
 
入り口には、鍋石さん、毘沙門神社という案内がある。
 
神額には大毘沙門天王とあり、途中左手にはブロックのトイレもある。
 
神社の境内には、広場があり、薄っすらと土俵の跡がある。
 
長崎周辺の神社には土俵があるところが多い。昔は奉納相撲が盛んだったのだ。
 

毘沙門天王神社 参道のトイレ

毘沙門天王神社 境内

毘沙門天王神社

毘沙門天王神社

毘沙門天王神社 拝殿

古い建物だが周辺も含め小綺麗にしている。拝殿を覗くと6畳ほどの板の間があり、奥に神殿だ。
 
神社の後ろに回ると神殿が岩に埋め込まれている。神殿側を覗くと、がっちり岩とどうかしているのがよく分かる。
 
ここもまた巨石信仰、磐座である。
 

毘沙門天王神社

毘沙門天王神社 神殿

概要はみさき道人さんのHPから抜粋させていただいた。
 
(長与町郷土誌 上巻 219-221頁)
岡郷佐敷川内にある。安永9年(1780)6月再建の記録があるが、それ以前の沿革は判明しない。毘沙門天は一名多門天ともよばれ、北方を守護し仏法に帰依した者を守る武神で、その霊力によって病気平癒や、ものごとを良く治めると信じられている神様で、日本では七福神の一つとして財宝富貴の神としても知られている。
 
「殿様道」と呼ばれる七曲がりの旧街道の急坂を登ると、古い鳥居と大・小の記念碑がある。…拝殿の奥の神殿の部分は岩窟となっている。『郷村記』には「石祠、岩窟の中にあり。神体立像石に切りつけ且岩座に鬼形切りつけ彩色あり」とあるが、この鬼形は今では見当たらない。… 
 
なるほど
 
「石祠、岩窟の中にあり。神体立像石に切りつけ且岩座に鬼形切りつけ彩色あり」か。
 
磨崖仏が彫られていたのだろう。
 
本来、神道には偶像はなく、姿のあるホトケは当然仏教である。
 
案内にも毘沙門天王納堂と書いているところがあり、神社になったのは後からだろう。
 
長崎市内で言えば、昭和町にも毘沙門神社がある。なにか関係があるのかもしれない。
 
毘沙門天は仏様の守護神である四天王の一尊に数えられる武神で、その力強さから、病魔退散という面で信仰されているものが多い。
 
1858(安政5)年の夏、長崎に来航した米国船により感染症のコレラが持ち込まれ、全国的に猛威をふるったとある。
 
被害状況はよくわかっていないが、江戸だけで延べ3万人が亡くなったとされる。
 
新型コロナが日本全国で1年間に1万人ほどの死者を出しているが、比べるとコレラのほうが強烈だったことがわかる。
 
それ以前のことは不明だが、最初の疫病は、日本書紀の崇神天皇の時代に記録されている。
 
「国内に疾疫多くして、民死亡れる者有りて、且大半ぎなむとす(国内に疫病が流行し、死ぬ者が多く、民の半分ほどだった)
 
これはおそらく天然痘だったと言われているが、神仏と疫病は深い関わりがある。
 
長崎の周辺の山間部に祠が多いのは、そのせいかもしれない。
 

毘沙門天王神社 もう一つの参道

毘沙門天王神社

毘沙門天王神社 鳥居付近からの風景

毘沙門天

毘沙門天像 | 上原美術館

数ある武神の中からなぜ毘沙門天を祀ったのかと推理すれば、近くの浄土真宗、西光寺の御本山、滋賀県錦織寺に、天安二年(西暦858年)比叡山三代座主慈覚大師円仁の御指示で、木部の地に御堂が建てられ毘沙門天王像が安置されましたとある。
 
長与のお寺には、毘沙門天の話はないが、毘沙門天の霊力はお寺経由で広まったのだと思う。
 

鍋石さま

鍋石さま 案内

鍋石公園

毘沙門天王神社の入り口の案内に「鍋石さま」と書かれているのが気になって参拝の後、更に山道を登る。
 
「鍋石さま」までは900mほどだと言われているが、かなり登った感じがする。
 
ぬったなら できもの治す 鍋石の水
鍋石さまとは、岡郷側から扇塚公園へ行くと中の鍋石公園にある、鍋のような形の大石のことです。いつも水がたまっています。
昔、佐敷川内のサヨという女の子の体中に赤いぶつぶつができてしまったそうです。近所のおばあさんにすすめられて、鍋石さまにいつもたまっていた水を体中にぬりました。すると、二週間ほどできれいに治ったそうです。
それから、鍋石さまの水は皮ふ病にきくと言われるようになりました。できものが治ったらおとうふ十二丁をお供えするという言い伝えがあります。長与町ホームページより
 

鍋石公園

鍋石公園とあるがベンチが置いているだけだ。
 
その左手に「鍋石さま」が祀られている。
 

鍋石さま

鍋石さま

鍋石さま

ここも又、皮ふ病の治療の話である。
 
お釈迦様は人間の四苦に生・老・病・死を挙げられている。
 
これらから逃れることは出来ないのだが、神に祈り、ホトケにすがる日本人の信仰の原点がここにある。
 
祈るのは神でもホトケでも、どちらでも良いのだ。
 
 

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