織部神社

織部神社

織部神社

織部神社 拝殿

場所は長崎市夫婦川町3-22。桜馬場天満宮の裏手あたりにあり、細い路地を通るのでわかりにくい。
 
神社を撮影していると、となりのおばさんが出てきて、「この神社は、さるくで色んな人達がやってきている。特に、今はコンクリートで埋められているの場所に泉があったそうで、そこに集まる」という意味のことを話した。
 
へぇー 知らなかった。
 
さるくとは、長崎の街歩きで、長崎開港以降の長崎を探索して回る事をいう。
 
祭神は長崎織部亮為英(ながさきおりべのすけためひで)。寛永四(1627)年長崎織部亮為英の墓を移し祀るとある。
 
この人は長崎甚左衛門純景の弟である。
 
長崎甚左衛門純景は戦国時代・安土桃山時代の城主で、大村純忠の薦めによって長崎をイエズス会に寄進した武将である。
 
祭神の長崎織部亮為英は、長崎くんちの始まりを作った人と言われている。
 
神社の作りは、古くて小さい。
 
社殿の中には石碑が有り、前には線香立てやりんが置いている。花も生けられていて、神社というよりお墓といった感じなんだろう。
 

記念碑

記念碑

神社前の左手にはコンクリートで埋められた区間が有り、そこには石碑がある。
 
この地域は現在、夫婦川と言うが、昔は雄雌泉で(めおとがわ)といっていて、このコンクリートの場所はは昔は池で、雄水と雌水が湧き出ていたとのことである。
 
この場所は、キリスト教になる前の時代の五輪の塔が出てきたという。そういえば、神社後ろには先祖の墓があった。ここは昔から墓地だったのだろう。
 

織部神社の後ろにある墓