大籠町 旭琴姫大明神 キリシタン神社の可能性

旭琴姫大明神への道

旭琴姫大明神への道

大型の罠

地蔵堂

場所は深堀から三和町へ行く海沿いの通りにある。
 
昔は三浦神社だったのただが、実際に行ってみると鳥居には旭琴姫大明神と書かれている。
 
大籠町公民館の脇の道を下り、コンクリで舗装されている細い道をうねうねと下る。
 
途中に、イノシシ用だろうか。大型の罠が仕掛けられている。
 

旭琴姫大明神

旭琴姫大明神

旭琴姫大明神 二ノ鳥居

旭琴姫大明神

旭琴姫大明神 神殿を開く

旭琴姫大明神

一軒家と思しきところを回り込むと立派な鳥居を発見した。
 
神額には旭琴姫大明神と書かれている。
 
鳥居の奥には、神殿と集会所風の一軒家がある。
 
神殿を開けると、二基の祠が安置されている。
 
その前には線香と線香立てがある。祠の中の文字は、備えられた榊で見えない。
 
今思えば、榊をどけてなんと書かれているのかを確認すべきだったのだが、極力祠の中は触らないようにしているので、そのまま撮影をする。
 
左の祠には屋○○申、右の祠には三と最後の門という文字が見える。
 
どうも神様の名前ではなさそうだ。
 
祠には丸に横棒のある神紋があった。
 
神殿の脇に三浦神社の鳥居の額がおいている。
 
なので、前は三浦神社だったのだ。
 
境内は狭いし、なにか不思議な感じだった。
 
神社を出て、鳥居の柱の文字を見ると「端島信者一同」と書かれている。
 
うーん。
 
どんな神社なのか、全く不明である。
 

推理 その一

拝殿の中に三浦神社の額

まず、旭琴姫大明神という名前だ。
 
旭琴姫という名前が全く不明なのだ。
 
「あさひことひめ」と呼ぶのか「きょくきんひ」と読むのかもわからない。
 
ネットで調べてもなんの情報もなかった。
 
次に丸に一文字の神紋だ。
 
調べると「丸の内に一つ引き」といい「古代中国の易にたんを発する竜神の加護の紋」だとある。
 
新田氏の一つ引き、足利氏の二つ引き、三浦氏の三つ引きが有名でその子孫に多く使われたため武家に多い家紋。
 
「新田氏の一つ引き」だが、近くに新田神社がある。
 
新田神社は新田義興(にった よしおき)は南北朝時代の武将で、戦で死んだ義興の怨霊を鎮めるための神社だ。
 
少しつながってきた。
 
祠の中の文字だが、最初に三と最後の門という文字が見えた。
 
とすれば三浦氏の事だろう。
 
三浦という名字は、鎌倉時代にやってきた深堀氏のご先祖と言える相模三浦(みうらし)氏の事だろう。
 
三浦氏(みうらし)は、坂東八平氏の一つで、平安時代の相模国の「みうら」の地を本拠地とする武家。三浦党(みうらとう)とも呼ばれるとある。
 
そして三浦氏(みうらし)の紋が「三浦三つ引」という。
 
丸に3つの引きがあるやつだ。
 
旭琴姫大明神の前は三浦神社だった。
 
これは、元は深堀氏のご先祖を祀った神社だったのかもしれない。
 
本家は「三浦三つ引」だが、その分家にあたるので、三本から一本にした「一つ引き」を使ったのかもしれない。
 
そしてたまたま、「新田氏の一つ引き」と重なったのではないかと考えた。
 
つまり、右の祠は三浦氏の流れをくむ深堀氏の祠だということになる。
 
大籠町付近は深堀氏の所領、深堀氏のご先祖は三浦氏。だから三浦神社となった。
 
少し強引だが、なんとか辻褄は合う。
 
だがまだ謎は残る。旭琴姫大明神と端島信者一同という文字である。
 

推理 その2

鳥居の文字

こんなHPがあった。
 
軍艦島(正式名称:端島)は、生活に必要な様々な施設が詰め込まれた島でもありました。その1つに「端島神社」の存在があります。
現在も鳥居と社が残り、現地で暮らす人々の信仰の対象となっていた「端島神社」ですが、その遺構をよく観察すると、ある落書きのようなものを発見することができます。それは石柱の後ろや社の裏に描かれた十字の絵。これは、島で働いていたキリスト教信者が残したものだと言われています
https://www.70seeds.jp/gunkanjima/
 
 
鳥居に彫られていた端島信者一同は、キリシタン信者の事だと思う。
 
なぜキリシタン信者が鳥居を建てたのか。
 
それは、ここがキリシタン神社だったからである。
 
この旭琴姫大明神の近くに、カトリック善長谷教会というのがある。
 
カトリック善長谷教会
外海地方(東樫山)よりのかくれキリシタン7戸が移り住んだことに源を発すると言われているがその後西彼三和町岳路へ分れて移り住んだ半分はカトリックに改宗しないままでいるのに対して現在地に留まった者は改宗した。
 
つまり、この地域は隠れキリシタンの潜伏地域だったのだ。
 
こうなると、違う道筋の推理が出来る。
 
「丸の内に一つ引き」の祠の紋は、地球上で唯一の存在を示すデウスの紋だったのかもしれない。
 
祠の榊は、わざと祠の文字を隠すために置かれているのかもしれない。
 
旭琴姫大明神とは、旭琴姫という名前には意味がなく、イメージで旭(太陽)、つまりデウスの子供で、琴のように品のある、もしくは琴の文字の中に、王という文字があり、それはデウスの事か。
 
また王という文字に十字架があるからなのだろうか。
 
そうすると姫という字は、マリアのことなのだろう。
 
つまり、旭琴姫大明神とはマリアを祀っているという可能性が出てくる。
 
元の神社名の三浦だが、佐世保にあるカトリック三浦町教会の事かもしれないし、福岡県宗像市の隠れキリシタンの集会所だった三浦洞窟の事かもしれない。
 
突拍子もないが「端島信者一同」の文字から推理すれば、こちらの方が説得力がある。
 
さて真実はどこにあるんだろうか。
 
とても気になる神社である。
 

旭琴姫大明神

旭琴姫大明神

旭琴姫大明神

 

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