西小島 梅香崎天満宮
長崎市西小島1-1。大きい神社で由緒もある。
丸山方面から歩くと、大きすぎる楠のある楠稲荷神社があり、その先には大徳寺公園、さらにその先に梅香崎天満宮がある。
新地中華街と思案橋の中間、銅座川に面した大きな駐車場がある場所に一の鳥居があり、立派な石段を登り、二の鳥居、道を隔てて梅香崎天満宮に着く。
祭神は菅原道真公で、拝殿も立派だが、今は建物はないが神殿の敷地も広い。
拝殿の左手には、今はないが大楠神社の神額が展示されていて、その奥には若杉稲荷神社もある。
由緒
江戸初期、現在の十人町付近を梅ヶ崎と呼び、岬の先端に遠見番所が置かれ異国船の監視が行われていた。番所の側には天満宮(祀られた時期は諸説ある)がお祀りされてあり、遠見番や唐人番、奉行所の役人などが参詣するようになり天満宮を梅ヶ崎天満宮と呼び、この地を天神山と称するようになった。
後、伊勢町にあった大徳寺が、宝永元年(1704)に梅ヶ崎に移転。奉行の命で上手にあった天満宮も大徳寺がお祀りすることになる。
まあ、見るものも沢山あり、梅が枝餅の名所、大徳寺の大クスとてんこ盛りの場所である。
梅と楠
この神社の名前がいい。昔は実際に梅が咲いていて、その香りがいいことから梅ヶ崎になり、後に梅香崎の字になったと言う。
天満宮といえば梅で、長崎なら梅園天満宮もあり、桜ほど派手ではないが、その品の良さは格別である。
「梅一輪 一輪ずつの暖かさ」松尾芭蕉の弟子服部嵐雪の句だが、大好きな句である。
クスノキ
長崎の神社には楠の巨木が多い。
もともと温かい地域に育ち、巨木になる個体が多い。樟脳になる香木として知られ、飛鳥時代には仏像の材に使われたという。
古くからクスノキ葉や煙は防虫剤、鎮痛剤として用いられ、作業の際にクスノキを携帯していたという記録もあるし、樟脳には防虫効果があり、衣類の防虫剤として箪笥に入れられたちいう。
材は耐朽性が高く、その防虫効果や巨材が得られるという長所から利用されている。
いい事づくめの木なんだが、その巨大さに感動するのは、樹齢が何百年もの時間を有していることと、巨大な木には神が宿っているという気にされるからだ。
梅香崎天満宮は江戸時代からの長崎の繁栄を感じされられる場所なので、行ったことがない方にはおすすめする。