唐人通り 皇大神社 祭神は天照大御神

長崎県長崎市館内町18-10 皇大神社

皇大神社

皇大神社

場所は長崎市内の館内町にある。現在は裏通りと言ってもいい場所に、狭い三角形の敷地に窮屈そうに立ってる神社だ。

由緒も創建も不明で、ネットでは何の情報も載っていない。

祭神は天照大御神。これだけわかっただけである。

この場所は唐人関係の史跡がたくさんある。

そんな場所に、日本古来の天皇系天照大神を祀る神社があること自体がこの神社の存在意義のような気がする。

天孫系を祀る神社は、長崎市内にある。

その中には、明治維新によって、神道が国家の中心に置かれた事で、国威発揚のために建てられたものがある。

この神社も、そんな意図を持つ神社のような気がする。

皇大神社

皇大神社

皇大神社で検索すれば、多くの他の地域の神社がヒットする。

有名なのは京都府福知山市の皇大神社(元伊勢内宮)のようだ。いずれも創建年代が古く、天照大神が深く関わっている神社である。

天照大神は謎の多い神様である。

崇神天皇の時代に疫病退散のため、宮中から外に出される話からスタートする。

この話は実に不思議で、天皇家の祖神である天照大御神を、なぜ宮中から出したのかが、未だにわかっていない。

もしかしたら、アマテラスはタタリ神だったのかと言う説を唱える人もいる。

笠縫邑(大神神社摂社・檜原神社とされる)に祀られ、後に倭姫命(やまとひめのみこと)がその奉祭にふさわしい地を求めて大和を出発した。
『日本書紀』(垂仁天皇25年)では、候補として立ち寄った地を宇陀笹畑から淡海(近江)、美濃と記す。やがて伊勢国にいたり「神風の伊勢国は(中略)傍国の可怜国(うましくに)なり。是の国に居らむと欲ふ」と大神がお伝えになったことで、ようやく旅の終焉を迎えたという。
https://www.pref.nara.jp/miryoku/aruku/kikimanyo/column/c25/

これは日本の古代史の大きな謎として、今なお研究している方は大勢いる。

皇大神社とは、そんな天照大御神を祀っている神社で全国にある。

長崎のこの神社もその中の一つだと言えるだろう。

いつか資料を見つけたら、再度書いてみる事にする。

皇大神社

 

コメントを残す