木津漁港 宗像神社 旧小浜鉄道木津の浜駅跡
木津漁港の防波堤のある岬の小山の裾に登り口が見える。入り口右手には、大岩のモニュメントが置かれている。
石版には漁港整備完成記念の文字。
なるほど。この港は確かに整備されている。道路もスッキリしていて、何より神社の入口や石段はしっかり手が入っていて、外観は古い神社に見えない。
舗装された石段の中頃に石の一の鳥居が有る。扁額には宗像神社と彫られている。
それから先は急な石段が二十メートルほどあり、登り切ると、狭い敷地に木板壁で瓦屋根の小さな社殿がある。
石灯籠もあり、最近できたような立派な石の囲いも有る。
新しい石柱には宗像神社、側面には三百年祭施工記念氏子一同の文字が、しっかり彫られている。
拝殿入り口の梁には、紐のようなしめ縄が張られていて、拝殿は戸板で閉められていた。
その隙間から拝殿を見たら、なんだか新しい板張りのようで、日の丸と天皇陛下御即位大嘗祭の垂れ幕がかけられている。
やはり、新しく改修されていて、古いのは外側だけ。
社殿後ろには神殿も有るが、敷地が狭いのでかなり窮屈そうだ。
上る時気づかなかったが、石段の登り口脇に恵比寿様の像と祠が祀られている。
此処もまた、きれいに整備されている。
これもまた氏子さんたちの尽力だろう。
一の鳥居の柱には大正七年の日付が彫られている。リアルに時代がわかるのはこれだけだった。
ただ新しい石碑には三百年祭の文字があるので、1700年代に建てられたという記録があるのだろう。
海岸線の宗像神社たち
この海岸線の左右には、宗像神社が一つづつ有る。
この宗像神社を入れると、三つ存在している。そして、その二つはもともと弁天様だったと推測される。
なので此処ももとは弁天様のような気がする。
まあ、何の記録もないので不確かだが、この海岸地域には弁天様信仰があり、三つともつながりがあったんでしないかと思う。
此処もまた何の記録もなく、郷土史にも記載はない。
恵比寿様もいることだし、信仰深い氏子さんたちが、代々守ってきた祠だったのだろう。
神社からの眺めはきれいで、木津の港が見渡せる。まさに守り神のポジションだ。
富津の町には弘法大師ゆかりの六角井戸などもあり、歴史的な賑わいが少しあるが、木津は静かな港町だ。
この辺りはボラ漁やイワシ漁が盛んだった。木津漁港から見える猿場山の中腹あたりに、旧小浜鉄道木津の浜駅跡がある。
この鉄道は短命で終わっているが、その線路跡が道路になり少し話題になっている。
木津漁港の宗像神社がきれいになっているという事は、この地域の人達の力である。
神社は人々が祈ってこそ、その地域の氏神になれる。栄枯盛衰は人の世の常。
何時かまた大賑わいの時期が来るかもしれない。
生まれ変わった宗像神社はそれを見守る日がいつか来ることを願っているかもしれない。
いや神が願うのではなく、人々が願っているのだろう。