祇園さんと牛頭天王 八坂神社 長崎10社巡り
八坂神社公式サイト
https://www.yasaka-jinjya.net/

八坂神社本殿
崇福寺(旧正覚寺)電停より徒歩2分。
幅の広い石段に朱色の大きな鳥居が見える。
約100段ほどの石段を上ると、改修が済んでいるきれいな本殿が現れる。
ホームページには寛永三年(西暦1626年)に創建「ぎおんさん」と書かれている。
本家は京都にある。
明治まで、八坂神社は祇園感神院(ぎおんかんしんいん)」という名前のお寺(神仏習合の施設)だった。
その後、神仏分離令により八坂神社となった。
ただ、平安京遷都以前といわれる創祀なので、祇園社という名は千年以上続いていて、八坂神社と改名しても「ぎおんさん」と呼ばれている。
祇園(ぎおん)と舞妓
舞妓さんの始まりは、門前町の「茶屋」の茶汲み女が最初だと言われている。
そこで働く女性たちが、歌を歌ったり踊りを披露したりして、遠路はるばるやってきた参拝客を元気づけたと言われている。
大きな神社には、全国から参拝者がやってくる。
その客たちの楽しみは、神社の参拝と近くにある花街での娯楽だった。
例えば神田明神には、新橋・柳橋等の芸者たちがいた。
長崎も例外ではなく、「ぎおんさん」には丸山がある。
神社の「聖」なる空間のすぐ隣に、花街という「俗」の華やかな世界があるというのは日本独特だろう。
神社参りは、遊興への旅行でもあったのだ。
お寺ではそうはいかない。何せ仏教は女人禁制だから。
「ぎおんさん」

インドの祇園精舎
祇園とは仏教の聖地であるインドの「祇園精舎」からきている。
祇園社は古来より都の疫病除けの神社として信仰されてきた。
その当時の疫病とは、赤痢やインフルエンザだったであろうと推測されている。
平安時代、京都に疫病除けに牛頭天王を祀るお堂が建てられた。そこは「祇園社」や「祇園感神院」と呼ばれるようになったという。
牛頭天王

牛の頭を持ち、赤い角が生えた恐ろしい姿とされる。
長崎ではなじみがないが、京都のお祭りで出てくる。
牛頭天王は釈迦が説法を行ったとされる「祇園精舎」を守護する守護神は、強力な霊力を持つ神とされ、疫病除けの神として信仰されている。
インドの釈迦の聖地「祇園精舎(ぎおんしょうじゃ)」を守る守護神なので、牛頭天王を祀るお堂が「祇園社」になったという訳だ。
そして、日本ではパワーのある神「素戔嗚尊(スサノオノミコト)」と同一視されるようになる。
日本では、いつしか仏様と神道の神様が合体していったのだが、明治になると神仏分離の令が出て、祇園社は八坂神社となり、祭神が素戔嗚尊になったという訳である。
しかし、牛頭天王を祀っていた伝説は残り、日本民話の「蘇民将来子孫也」というお守りや、夏に行われる「茅の輪くぐり」は厄除けとして、現在も残っている。
ほうづき市

ほうずき
ホオズキは漢字で「鬼灯」とかく。
牛頭天王の伝説の中で、ホオズキの鮮やかな朱色もまた、疫神を追い払う「火」や「生命力」の象徴とされた。
また、ホオズキの根(酸漿根)は解熱剤や咳止めとして利用されていた。
なので、夏場の「茅の輪くぐり」と「ほうづき市」はセットになっている。
ただ、夏場の「茅の輪くぐり」には科学的効用はない。「夏越の祓」という神事というだけである。
櫻姫美人稲荷

清水寺へ行ける道の手前にある。
ホームページにその由来が書いているが、全国の八坂神社に櫻姫美人稲荷というものはない。
長崎独特の稲荷である。
ただ、本家には美御前社(うつくしごぜんしゃ)というものがあるが、内容は違う。
社の前には「美容水」が湧き出ており、舞妓さんや美容関係者が参拝することで知られているという。
稲荷神社の狐と京都の美女から連想させられるものはたくさんあるが、有名なのは「葛の葉」だ。
長崎の丸山の遊女との関係も考慮して建てられた神社だろう。
八坂神社はいろんな由来がちりばめられている神社である。
祭神は
素戔嗚尊と奇稲田姫命(クシイナダヒメノミコト)
八幡大神(ヤハタノオオカミ) 第十五代応神天皇のこと。
山林の守護神 大山咋大神(オオヤマグイノオオカミ)
神仏分離の前の祇園社の時は「牛頭天王(ごずてんのう)」が祭神だった。
この辺りが日本の神社の面白いところである。
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京都の風情を色濃く残す 長崎の八坂神社
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長崎県長崎市鍛冶屋町8-53 昔の電停名「正覚寺下」、2018年に名前が変わって「崇福寺」電停から、裏通りに入る。 大きい鳥居があり、石畳の踊り場の先に長い石段があ…


