長崎市壊滅シュミレーション
長崎市内はどんどん移り変わっていく。70年も住んでいるが、幸い自宅付近の旭町では大きな災害はなかった。
ただ、1982年(昭和57年)の長崎大水害のときは浜町のアーケードにいて、アーケード内を車が流れていった光景が今も目に焼き付いている。
雲仙の普賢岳噴火による火砕流では、身内の両親の家が流された。
熊本では近年大地震が起き、こちらも身内のご両親の家が壊滅的な打撃を受けている。
世間では南海トラフ地震による被害が懸念されているが、長崎もまた大きな災害に見舞われるかもしれない。
長崎の海岸線も大きく変わり、長崎県庁などが海岸のすぐそばに立っているのを見たとき、一抹の不安がよぎった。
最近のAIは画像を生成できるので、長崎の風景を基にシミュレーションをしてみた。
いざ作ってみると、やはり恐ろしい画像である。
以下は、AIが想定した最悪のシナリオとイメージ写真である。
長崎市における「壊滅の最悪のシナリオ」は、単一の災害ではなく、長崎特有の地形的弱点を突く「極端な気象災害」と「地理的孤立」が同時多発的に重なる複合災害である。
防災科学や地質学の観点から想定される最も過酷なシナリオは、以下のようなフェーズで連鎖的に進行する事態だ。
第1フェーズ:限界突破の豪雨と「あびき(副振動)」の同時発生
猛烈な台風と線状降水帯が重なり、1982年の長崎大水害(時間雨量187ミリ)をはるかに超える雨が数日間にわたって降り続く。
同時に、長崎湾特有の現象である「あびき(気圧変化などによる海面の異常昇降)」や高潮が発生する。
長崎湾は奥に向かって狭くなるラッパ状の地形であるため波が増幅されやすく、行き場を失った大量の雨水(内水)と海からの浸水(外水)がぶつかり合い、中心部の平野部が完全に水没する。

第2フェーズ:斜面地の一斉崩壊と「陸の孤島」化
地盤が限界まで雨水を含んだ状態に達し、長崎市の市街地の大部分を占める急斜面で、土石流やがけ崩れが数百〜数千カ所規模で一斉に発生する。
これにより、国道や主要な県道などの幹線道路が土砂で完全に埋まり、長崎市外へ脱出するルートも、外部からの救援ルートもすべて物理的に寸断される。

第3フェーズ:最悪のタイミングでの「直下型地震」
この地盤が最も脆弱になったタイミングで、近隣の雲仙断層群などを震源とするマグニチュード7クラスの直下型地震が発生するシナリオである。
水を含んで重く泥状になった斜面は強い揺れに耐えられず、残っていたひな壇状の住宅地も次々と崩落する。

第4フェーズ:木造密集地帯での延焼と救助の機能不全
地震に伴い、古い木造住宅が密集する斜面地帯で火災が複数発生する。
しかし、道幅が狭く階段ばかりの地形に加え、土砂崩れで完全にアクセスが断たれているため、消防車は一切接近できない。
上水道の管も破断しているため消火栓も使えず、強風にあおられた火災が斜面を焼き尽くしていく。ヘリコプターからの消火や救助も、悪天候(台風)のため飛ぶことができない。
この最悪のシナリオの核心は、「逃げる場所がない」「助けに行けない」という状況が同時に完成してしまうことにある。
山と海に挟まれ、平地が極端に少ない長崎市の構造が、すべての災害のダメージを増幅させてしまうのが最大の脅威だ。

長崎市で大きな地震が起きにくい科学的理由は、長崎県(特に長崎市周辺)がプレートの沈み込み境界から離れていることだという。フィリピン海プレートが沈み込む影響は、阿蘇山より西側の長崎県の地下には強く及んでいない。
そのため、巨大な海溝型地震の直接的な震源になりにくく、またプレートの圧力が集中しにくいため、地震を引き起こす「活断層」の数も全国的に見て少ないという地質学的な特徴がある。

しかし、一斉に迎える「老朽化」の波がやってきている。
1980年代前半に集中的に造られたコンクリート製の護岸、地下トンネル、砂防ダムは、建設から40年以上が経過し、一斉に老朽化の時期を迎えている。
「災害は忘れたころにやってくる」
それだけは、常に心に刻んでおきたい。

