長崎の神社が教えてくれること

神社を撮り歩いて見えてきた、長崎の歴史と日本人の祈り

私は日頃から、神社の姿を多く写真に収めている。

そうした話をすると、周囲から「長崎は教会が多くて、神社は少ないのではないか」と言われることがある。

とんでもない。長崎もまた、非常に神社が多い土地なのだ。

神社庁などに登録され、神職が管理していたり地域で大切に守られていたりする公的な神社(神社本庁傘下など)の数は、長崎県全体で約1,260社〜1,300社前後にのぼる。

都道府県別の順位で見ても全国25位前後と平均的な数字だが、長崎県の特徴は「離島(特に壱岐・対馬)に極めて密度高く集中している」点にある。対馬だけでも、古代の格式を示す「式内社」を含め、数百に及ぶ神社が島中に点在しているのだ。

実際に対馬を訪れると、島内の至る所に歴史と厳かな格式を感じさせる神社が鎮座していることに驚かされる。

なぜこれほど対馬に神社が多いのか。最大の理由は、そこが「国境の島」だったからだ。

古代より対馬は異国からの侵略や緊迫に晒されてきた。危機に直面したとき、人々を奮い立たせ国を守るうえで、神々の存在と祈りは不可欠だった。

もちろん航海安全の祈りも大きいが、対馬は「日本神道の発祥の地」の一つとも称される。独自の自然信仰である「天道(てんどう)信仰」が息づき、一説には天照大神の原型もここにあると言われている。

和多都美神社

 

祈りが先か、神社が先か

神道の言葉に「神は人の敬(うやま)ひによって威(い)を増し、人は神の徳によって運を添ふ」(『御成敗式目』第一条)という有名なフレーズがある。

一見すると神様が絶対的な上位にいるように思えるが、本質はそこではない。

「神と人間は互いに敬い、支え合う相互依存のパートナー関係にある」という点にこそ、この言葉の意味がある。

古代、日本の信仰は巨石(磐座)や巨木、山そのものに精霊が宿ると考える自然崇拝から始まった。やがて飛鳥・奈良時代に仏教が伝来すると、寺院建築の影響を受けて常設の「社殿(神社)」が建てられるようになっていく。

そして、その神社を中心に地域のコミュニティが形作られていった。

台風、日照り、疫病、自然災害への恐れから人々の不安を和らげる祈りの場となり、秋の収穫に感謝する毎年の祭りが、集落の結束を強く固めていったのだ。

つまり現在の神社は、「人間が自分たちのコミュニティや安心のために建てた場所に、神様をお招きした」という側面が大きい。

そのため、近代以前に人が住んでいなかった未開地や、近代以降に急速に拓けた街には、古い神社があまり存在しないことが多いのである。

 

キリシタンの歴史と「強い神々」

長崎には、もう一つ特殊な歴史がある。かつて「キリシタンの街」となった経緯だ。

一時期、長崎ではキリスト教勢力によって既存の寺社が片っ端から破壊された歴史がある。そのため、江戸時代に禁教令が出されて以降、幕府や藩の手によって多くの神社が再興・建立された。

諏訪神社

その筆頭が、長崎市の総鎮守である諏訪神社(おすわさん)だ。

諏訪神社には、武勇の神である諏訪のタケミナカタ(建御名方神)、海の守護神である住吉の神、そして地主神・万物創生の森崎の神が祀られている。さらに長崎市内には、ヤマタノオロチを退治したスサノオ(素成嗚尊)を祀る八坂神社なども鎮座する。

ここに祀られたのは、いずれも「武勇や力強さ、災厄や邪気をねじ伏せる性質を持った『強い神様』」たちだ。

キリシタンの影響を完全に上書きし、街を霊的に守護するために意図的に選ばれた、まさに「人間の必要や都合によってデザインされた神社」の最たる例と言えるだろう。

もっとも、こうした歴史は特別かもしれないが、視点を広げればどこも同じだ。

昔疫病が流行った場所には強い仏神が祀られ、海辺には恵比須様、山の上には航海を見守る金毘羅様、武家屋敷の跡には八幡様、商人の町には稲荷様が祀られる。

神社の神様を知ることは、その土地の成り立ちと人々の暮らしの歴史を紐解くことと同義なのだ。

 

放棄してはならない「野良の祀り」

神道の観念では、しかるべき手順(本宮からの分霊・勧請)を踏まずに勝手に社を建てて祈ると、本来の神様ではなく低級な霊や狐狸・悪霊などの「祟りをもたらすもの」が居ついてしまうとされ、古くから固く戒められてきた。

これは、手入れや参拝が途絶えて放置された神社や祠(ほこら)も同様である。江戸時代の幕府や寺社奉行も、無許可で建てられた「流行神(はやりがみ)」などの社を人心を惑わすものとして度々取り締まり、破却命令を出していた。

つまり、神様を勝手に祀ることも、一度お迎えしたものをほったらかしにすることも、決してやってはならないタブーなのだ。単なる迷信と笑う人もいるかもしれないが、神道のルールにおいて「無断の建立」も「勝手な解体・放置」も固く禁じられている。

しかし残念ながら、長崎の街や山中にも、管理者を失い荒れ果ててしまった「野良神」のような小さな祠を目にすることがある。

特別な信仰心がない私でさえ、「これは放置せず、ちゃんとお祓いをして納めるなど何とかした方がいいのではないか」と胸が痛む場所が存在する。

 

信仰が教えてくれる日本人の美徳

神社や神道の歴史は、何千年も途切れることなく続いてきた。

日本の信仰とは、単なる怪しげな迷信などではない。

それどころか、日本人の「道徳観」や「倫理観」を形作ってきた最たる基盤ではないだろうか。

万物に神性が宿ると考え、自然の恵みに感謝する。

食べ物を粗末にせず、「いただきます」「ごちそうさま」と手を合わせる——。

私たちが日常の中で何気なく行っている感謝の姿勢や美徳の原点は、すべて神社や自然崇拝の思想の中に息づいている。

カメラレンズ越しに全国や長崎の神社と向き合うたび、私は思う。

時代がどれほど変わろうとも、私たちがその原点にある「感謝と敬いの心」を忘れてはならないのだと。

 

コメントを残す