なぜ南国風? 五島のお盆「チャンココ」のルーツ

長崎のお盆といえば、街中で爆竹が炸裂し、夜空にド派手な花火が打ち上がる光景がおなじみである。
 
初見の観光客が「ここは戦場か?」と耳を塞ぐレベルの賑やかさだが、少し足を伸ばして五島列島(福江島など)へ渡ると、これまた強烈にユニークで神秘的なお盆の伝統行事に出会うことができる。
 

©(一社)長崎県観光連盟 長崎県文化観光国際部観光振興課

 

それが、約800年の歴史を誇る念仏踊り「チャンココ」である。

 

頭には色鮮やかな花笠を深くかぶり、顔を布で隠す。上半身は白い晒(さらし)や襦袢、そして腰にはなんと「藁の腰蓑(こしみの)」を巻き、足元は潔く「裸足」。胸の前に太鼓を抱え、鉦(かね)の音に合わせて大地を踏み鳴らしながら一心不乱に踊り狂う――。

 

初めて目にした人は、間違いなくこう思うはずだ。

 

「あれ? ここ日本の長崎だよね? 南の島かどこかにワープした?」と。

 

今回は、このあまりにも個性的で魅力あふれる「チャンココ」のディープなルーツや名前に隠された物語、そして五島という島の奥深い文化背景について紐解いてみたい。

 

そもそも「チャンココ」ってどういう意味?

初見で一度聞いたら絶対に忘れられない「チャンココ」というインパクト抜群のネーミング。海外の呪文のようにも聞こえるが、その由来にはいくつかの興味深い説がある。

 

もっとも親しまれているのが「鳴り物の擬音」説だ。
鉦(かね)を叩く「チャン」という高い金属音と、太鼓を叩く「ココ」という乾いた音が合わさって「チャン・ココ」と呼ばれるようになったという、実に直球で分かりやすい話である。

 

そしてもう一つ、歴史好きの心をくすぐるのが「治安孝行(ちあんこうこう)」転訛説である。
世の中が穏やかで平和であることを願う「治安」と、先祖や親を大切にする「孝行」。このふたつの尊い言葉が組み合わさった「治安孝行(チャン・コウコウ)」が、長い年月の間に訛って「チャンココ」になったという説だ。なんともありがたく、お盆の供養にふさわしい由来ではないか。

 

方言にも色濃く残る「武家文化」と「都の記憶」

「腰蓑に裸足」というワイルドな外見を見ると、五島はまるで南方の孤島のように思えるかもしれない。しかし実は、五島には思った以上に格式高い武家文化や中央の言葉が浸透している。

 

その証拠が、五島独特の方言だ。驚くことに、五島弁には漢字に由来する上品な言葉が数多く残っている。

 

  • かわいい人を「みじょか」と言うが、これはズバリ「美女(びじょ)」が転じたもの。
  • びっくりしたときに思わず出る「あっぱよ!」という感嘆詞は、なんと武士やお公家さんが使った「天晴れ(あっぱれ)」が語源とされている。
「あっぱれ!」と言いながら驚く島民……想像するとなんだか風流で面白いが、これにはれっきとした歴史の裏付けがある。

 

五島(福江島)の三井楽(みいらく)は、かつて遣唐使船が日本を旅立つ「最終寄港地」であった。遠く唐へ渡るエリート官僚や高僧、そして都の貴族や武士たちがこの地に滞在し、中央の最新文化や美しい言葉を島にもたらしたのである。五島は単なる辺境ではなく、古くから日本の最先端と直結する「海の玄関口」だったわけだ。

 

本土の「浮立(ふりゅう)」と実は兄弟だった

そんな歴史を踏まえてチャンココに戻ると、この芸能の正統なルーツが見えてくる。

 

鎌倉時代から室町時代にかけて全国に広まった一遍上人らの「踊り念仏」がその起源だ。念仏を唱えながら太鼓や鉦を叩いて踊り、先祖や新仏の霊を慰める仏教行事である。

 

長崎本土や諫早などでも、お盆の時期には「浮立(ふりゅう)」と呼ばれる念仏踊りが行われているが、実は五島のチャンココと諫早の浮立は「中世の風流念仏踊り」という同じ親から生まれた兄弟のような関係にある。

 

本土では華やかな着物や陣羽織をまとう武家・農村芸能へと洗練されていったのに対し、五島ではさらに別の地域の文化と劇的な出会いを果たすことになる。

 

東南アジアの風と、朝鮮半島のDNA

兄弟でありながら、なぜチャンココは「腰蓑に裸足」になったのか。

 

古くは、南西諸島や東南アジアでおなじみの亜熱帯植物「ビロウ(蒲葵)」の葉で腰蓑を編んでいた。さらに、腰をグッと低く落として大地をドシンドシンと踏みしめるステップ(反閇・へんばい)は、インドネシアの舞踊など海洋アジアの儀礼芸能の身体感覚そのものである。中世の倭寇(わこう)たちが南方から持ち帰ったエキゾチックな風俗が、島土着の祈りと見事に融合したのだ。

 

さらに、鋭い観察眼を持つ人が見ると「太鼓の構えやリズムが朝鮮半島っぽい」ことにも気づく。

 

太鼓を胸の前にたすき掛けで固定し、体を左右に沈めながら打つスタイルは、韓国の伝統芸能「農楽(プンムル)」の太鼓(プク)の所作と酷似している。甲高い小鉦がカンカンとリードし、太鼓が重低音を響かせてトランス状態のように反復する音響空間も、まさに朝鮮半島の打楽器合奏の血脈を感じさせる。

 

遣唐使・遣新羅使の時代から続く北方・西方(大陸・半島)との海路の繋がりが、ここにもしっかりと刻まれているのである。

 

花笠が持つ「ご先祖様専用シート」の役割

頭にかぶる「花笠」の秘密にも触れておこう。

 

笠の上に咲き誇る色とりどりの造花は、単なる飾りではない。古来、花は「先祖や神仏の霊が降り立つ目印(依り代・よりしろ)」と考えられてきた。いわば、お盆に迷わず帰ってきてもらうための「特等席(ご先祖様専用シート)」を頭の上に乗せて踊っているわけだ。

 

そして、笠から垂れ下がった白い布で顔をすっぽり隠すことにも、重要な意味がある。素顔を隠すことで、日常の「山田さん」や「田中さん」という個人を消し、「あの世からの使者」へと変身する仮面の役割を果たしているのだ。

 

生身の人間と霊の世界をきっちり分ける境界線を引きつつ、先祖の御霊を大切に頭上にお乗せして、太鼓のビートでもてなす――なんとも合理的で温かい工夫ではないか。

 

海が生んだ奇跡のハイブリッド芸能

まとめると、五島のチャンココは以下のような重層的な歴史が詰まった「超ハイブリッドな海洋芸能」なのだ。

 

  • 心臓部(魂): 日本中世の「踊り念仏」と、都や武家から伝わった「治安・孝行」の祈り
  • 外見(衣装): 東南アジアから黒潮に乗ってきた「腰蓑・裸足」のエキゾチシズム
  • リズム(身体): 朝鮮半島の農楽を思わせる「胸太鼓・鉦」の力強いビート
言葉には「みじょか(美女)」「あっぱよ(天晴れ)」といった都の気品を残し、踊りにはアジア全域の海のうねりを宿す――。

 

夏の五島に響き渡るチャン・ココ・チャン・ココという素朴な音色は、海を越えて行き交った古代・中世の人々の壮大なロマンを、今も鮮やかに伝えてくれているのである。

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