誰とも対立しない平和という妄想に取り憑かれた長崎市
長崎市ほど「平和」という言葉が似合う街はない。原爆によって甚大な被害を受け、多くの市民が亡くなった。その記憶を後世に残し、核兵器廃絶を世界に訴えることには大きな意味がある。
しかし最近の長崎市を見ていると、少々気になることがある。「平和」が理念ではなく、何にでも貼れる便利なシールになってはいないだろうか。
平和、平和、また平和。もちろん戦争より平和がいい。当たり前である。問題は、現実の世界では「みんな仲良くしましょう」と唱えたからといって、みんなが仲良くしてくれるわけではないことである。国際政治が町内会の親睦旅行なら苦労はない。

象徴的なのが台湾をめぐる対応である。
長崎市の平和祈念式典では台湾の参加そのものは認める。しかし市側から正式な招請対象とはしない。市は一定の招請基準によるものだと説明する。
理屈は分かる。しかし市民が知りたいのは、その基準の後ろに隠れている市長自身の考えである。「台湾について私はこう考える。しかし、この理由からこう判断する」と言えばよい。ところが政治的に難しい話になると、突然「基準」という名の防空壕に入ってしまう。
原爆資料館の南京事件表記も似ている。
「南京大虐殺」という表記を「南京事件」に変更する方針をめぐって、市民団体から反対が出て、中国側まで反発した。長崎市は教科書や専門家、審議会などを根拠に説明する。
しかし、その前にもっと基本的な問いがある。
なぜ原爆資料館で南京事件を、どの範囲まで説明する必要があるのか。
原爆資料館を「長崎で起きた原爆被害を記録する施設」と考えるのか、「日本が戦争へ進んだ歴史全体を説明する施設」と考えるのか。それによって展示内容はまるで違ってくる。後者なら南京だけでなく、満州事変、日中戦争、真珠湾、沖縄戦、マンハッタン計画、米国の原爆投下決定過程まで同じ物差しで扱う必要がある。
ところが、こうした展示哲学そのものより、「どの言葉なら怒られないか」が前面に出てしまうと、資料館が歴史研究施設なのか国際接待室なのか分からなくなる。

そして軍艦島である。
韓国側では軍艦島をめぐって強制労働に関する主張が展開され、NHKの「緑なき島」の坑内映像も利用された。しかし、その映像についてNHKは後に端島炭坑内で撮影されたと確認できないとし、元島民に謝罪した。
ここで不思議なのは、長年声を上げてきた中心が元島民たちだったことである。
軍艦島は長崎市の世界遺産である。それなら市長が前に立ち、「確認できる事実はこれである。違うものは違う」と国内外へ発信してもよかったはずだ。
だが、こういう場面になると長崎市の「世界への発信力」は急に省エネモードに入ったように見える。
ここに長崎市政の弱点が透けて見える。
日本の戦争加害を語ることも必要である。中国や韓国との友好も大切である。台湾との関係にも慎重さは必要だ。しかし平和とは、誰にも反論しないことではない。
相手が中国でも韓国でも日本政府でもNHKでも、間違っていると思えば根拠を示して言う。それでも対話を続ける。それこそ平和主義ではないのか。
「誰とも対立しないこと」を平和だと思い始めると、平和は思想ではなく処世術になる。
市長が政治家である以上、「専門家が」「基準が」「国が」と言い続けるだけでは足りない。最終的には「私はこう考え、私の責任でこう判断した」と言わなければならない。
長崎が世界へ平和を訴えることには価値がある。
だからこそ、その「平和」が単なる無風状態であってはいけない。
現実の平和とは、ときには対立し、反論し、それでも戦争をしないことである。誰とも揉めず、誰にも嫌われず、みんなが拍手してくれる平和など、おそらくこの世には存在しない。
もし存在するなら、ぜひ長崎市役所に場所を教えてもらいたい。
中国も韓国も台湾も日本政府も意見が一致し、歴史認識でも誰一人怒らず、核兵器までなくなる夢の国である。
ただし住所を調べたら、おそらくこう書いてある。
「所在地―長崎市役所・会議資料の中」
現実世界には、まだ建設されていないようである。

