長崎・寺町に眠る「産女の幽霊」
夜な夜な水飴を買いに来る女性の正体とは?長崎・寺町に眠る「産女の幽霊」と母の愛
夏の夜の風物詩といえば怪談である。背筋をヒヤリとさせて寝苦しい夜を乗り切る、いわば昔ながらの「天然クーラー」のようなものだが、今回取り上げる怪談は少し毛色が違う。恐ろしいどころか、最後には目頭が熱くなってしまう名作、長崎に伝わる「産女(うぶめ)の幽霊」のお話である。
毎晩やってくる「午前0時の常連客」
舞台は江戸時代、異国情緒あふれる貿易都市として賑わっていた長崎の町である。
中島川からほど近い麹屋町(こうじやまち)あたりの飴屋に、夜遅くなると決まってやってくる客がいた。髪を振り乱し、顔色の青白い若い女性である。すっと音もなく現れては、懐から一文銭を差し出し、「水飴をください……」と蚊の鳴くような声で頼む。
現代なら「深夜のコンビニにエナジードリンクを買いに来た激務明けの会社員」と見分けがつかないかもしれないが、時は江戸時代である。街灯もない真っ暗な夜道に、毎晩同じ時間に現れる青白い女性。店主が不気味に思うのも無理はない。
ある夜、気味が悪くなった店主は、飴を買って帰る女性のあとをそっと尾行してみることにした。女性は音もなくすいすいと歩き、寺町の山手にある浄土宗の寺院・光源寺の墓地へと吸い込まれていく。そして、真新しい墓石の前ですっと煙のように姿を消してしまったのだ。
「ひええっ!」と腰を抜かしかけた店主だが、ふと耳を澄ますと、なんと土の下から「おぎゃあ、おぎゃあ」と赤ん坊の泣き声が聞こえてくるではないか。
腰を抜かしている場合ではない。店主は転がるように寺へ駆け込み、住職をたたき起こした。
土の中から聞こえる泣き声
わけを話して住職や寺男たちとともに墓を掘り返してみると、驚くべき光景が広がっていた。
棺の中で横たわる亡くなった母親の胸元に、生まれたばかりの元気な赤ん坊が抱かれていたのである。赤ん坊の口元には水飴がついており、母親の懐には、飴屋で受け取ったはずの銭がぴったり一枚足りない状態の六文銭(三途の川の渡し賃)が残されていた。
母親は身重のまま急死して埋葬されたあと、冷たい土の中で出産したのだ。乳も出ない暗闇の中で、我が子をなんとか生かそうと、あの世へ持っていくはずの三途の川の渡し賃を使って夜な夜な飴を買いに出ていたのである。
三途の川の渡し賃を水飴代に使い込んでしまうとは、閻魔大王もびっくりの親バカならぬ「極上の母性愛」である。
助け出された赤ん坊は寺で大切に育てられ、やがて立派な高僧へと成長したと伝えられている。
光源寺には、今もこの母親を供養する墓や記録が静かに残されている。

なぜ長崎の寺町にこの伝説が定着したのか
この「子育て幽霊(飴買い幽霊)」と呼ばれる話は、実は長崎だけのものではなく、京都や博多など全国各地の古い城下町や門前町にも似た話が存在する。いわば江戸時代の「全国ヒット説話」である。
では、なぜ長崎でこれほどリアルに語り継がれたのだろうか。そこには当時の長崎ならではの町並みと、切ない歴史的背景がある。
1. 飴屋と墓地が「徒歩1分」というリアリティ
長崎の寺町は、目抜き通りや商人町(麹屋町や魚の町)のすぐ背後に寺院と墓地がずらりと並ぶ独特の地形をしている。買い物をする町屋から墓場までの距離があまりにも近いため、「あそこの角を曲がれば本当にありそう」という抜群の臨場感が生まれたのだ。
2. 医療が未発達だった時代の悲しい現実
江戸時代は医療や衛生環境が不十分で、難産や産褥熱で命を落とす女性が非常に多かった。お腹の子とともに亡くなる悲劇は日常茶飯事であり、当時の人々にとって決して他人事ではなかったのである。
さらに当時は、仮死状態のまま誤って埋葬されてしまうケースも稀にあったと言われている。暗い土の中で目覚めてしまった母親の無念を思うとき、人々は「せめて赤ん坊だけでも救われてほしい」という祈りを込めて、この物語を語り継いだのだろう。
3. 仏教の教えと母性信仰
「死してなお我が子を守る」という強い母の情愛は、寺町に集まる寺院にとっても、命の尊さや親の恩を説く格好の説話となった。おどろおどろしい怪談というよりは、心温まる人情話として地域に愛されてきたのである。
幽霊といえば「恨めしや〜」と祟りをなすのが定番だが、長崎の産女は違った。化けて出た理由は復讐ではなく、ただただ「我が子に飯(飴)を食わせたい」という一心だったのである。
寺町の石畳を歩くときは、ぜひ光永寺のあたりで立ち止まり、遠い昔に我が子のために夜道を駆けたお母さんの深い愛に思いを馳せてみてはいかがだろうか。背筋が寒くなるどころか、心がじんわりと温かくなるはずである。

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「産女の幽霊」16日開帳 年に1度、長崎市の光源寺|【西日本新聞me】

