長崎の神功皇后伝説はいつ生まれたのか

長崎市や橘湾沿岸を歩くと、神功皇后にまつわる伝説が驚くほど多く残されている。

茂木では「裳を着けたので裳着、のちに茂木となった」、甑岩では「皇后が甑で飯を炊いた」、飯香浦では「その飯の香りが漂った」、神浦では「皇后が石に腰掛けた」、神ノ島では「皇后が上陸して神を祀った」、女神や男神、高鉾島、皇后島にもそれぞれ皇后に結び付く話がある。

これほど多くの伝説が残っていると、「本当に神功皇后が長崎を巡ったのではないか」と考えたくなる。しかし、歴史として考える場合には、少し冷静に見る必要がある。

まず、神功皇后そのものの物語は非常に古い。『古事記』は712年、『日本書紀』は720年に成立しており、そこには神功皇后が九州から海を渡り、新羅へ向かったという物語が描かれている。

つまり、「海を渡る神功皇后」という基本的な物語は奈良時代にはすでに存在していたのである。

ただし、『古事記』や『日本書紀』に「皇后が茂木で裳を着けた」「甑岩で飯を炊いた」「神浦で石に腰掛けた」などという長崎独自の話が書かれているわけではない。

ここが重要である。

神功皇后という全国的な物語と、長崎各地に昔から存在した港、巨石、井戸、神社、地名などが、後の時代になって少しずつ結び付けられていったと考える方が自然なのである。

実際、江戸時代に入ると、長崎周辺でも神功皇后伝説の形がはっきり見えてくる。

2019撮 裳着神社

たとえば茂木の裳着神社は、もともと「八武者大権現」と呼ばれていた。キリシタン布教などの影響で一時衰えたものの、1626年に再建されている。

現在では、神功皇后が三韓から帰る途中に茂木へ上陸し、ここで女性の衣服である「裳」を着けたため「裳着」と呼ばれ、それが「茂木」になったという伝説が知られている。

ただし、1626年の時点で現在と同じ形の伝説が完成していたかどうかは分からない。

さらに重要なのが神浦である。

神浦には、三韓征伐から帰る途中の神功皇后が上陸し、石に腰掛けたという伝説がある。

この場所はかなり古くから神聖視されており、1796年には周囲を石垣で囲ったという記録が残っている。さらに1841年には石祠が建てられた。

つまり、少なくとも江戸時代後期には、神浦の人々が「神功皇后がここへ来た」という伝説をかなり具体的に信じていたことになる。

この事実から考えると、「明治政府が神功皇后伝説を全部作った」という説は成り立たない。

明治になるより何十年も前に、すでに長崎の各地には皇后伝説が存在していたからである。

では明治時代は何をしたのか。

ここで大きな役割を果たしたのが、明治政府による神道政策である。

1868年の明治維新以降、政府は神仏分離を進め、全国の神社を国家制度の中へ組み込んでいった。そして神社ごとに、「何の神を祀っているのか」「どのような由緒があるのか」を整理していった。

神功皇后は応神天皇の母であり、八幡信仰とも深く結び付いている。天皇を中心とする国家を作ろうとしていた明治政府にとって、非常に都合のよい歴史上の人物でもあった。

神功皇后の紙幣

1881年には、日本で初めて肖像入りの政府紙幣に神功皇后が描かれている。

当時、神功皇后は現在よりはるかに有名な存在だったのである。

茂木の八武者大権現が、明治元年に「裳着神社」と改称されたことも象徴的である。昔から存在した地域の信仰が、「神功皇后ゆかりの神社」として、より分かりやすい形に整理された可能性は高い。

したがって、長崎の神功皇后伝説は、一つの時代に突然作られたものではない。

おそらく、

奈良時代に神功皇后の基本物語が成立し、中世から江戸時代にかけて八幡信仰などを通じて全国に広まり、江戸時代には長崎各地の港や巨石、井戸、地名と結び付いて地域独自の伝説となり、明治時代に神社制度の中で整理され、さらに強調された。

そう考えるのが最も自然である。

そして、もう一つ忘れてはならないのが、長崎が「海の土地」であるということである。

神功皇后の物語は、そもそも海を渡る話である。

有喜、戸石、茂木、脇岬、樺島、神ノ島、神浦などは、いずれも昔から船が寄り、風を待ち、水を補給する場所であった。

そこに巨石があれば「皇后が腰掛けた」、井戸があれば「皇后が水を出した」、港があれば「皇后の船団が入った」という物語が生まれても不思議ではない。

つまり長崎の神功皇后伝説とは、神功皇后そのものの歴史というより、海とともに暮らしてきた長崎の人々が作り、語り継いできた「海の記憶」なのかもしれない。

本当に神功皇后が長崎へ来たのか。

その答えを求めるよりも、

「なぜ昔の長崎の人々は、自分たちの土地に神功皇后が来たという物語を残したのか」

と考える方が、郷土史としてはずっと面白いのである。

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