五島市向町 山城神社

山城神社

山城神社

長崎県五島市向町

山城神社は、五島の奇祭「ヘトマト」の最後に、大わらじが奉納される神社である。

ヘトマトの一連の行事は、この山城神社で終わる。巨大なわらじを担いできた人々は、神社の左脇にそれを運び込み、積み上げるようにして奉納する。

私が現地で見たときには、大わらじを神社脇に「ドスン」と置くと、それで行事は終了した。少なくとも目の前では、神職による祝詞やお祓いなど、一般に想像するような神事らしい儀式は行われなかった。

ヘトマトは「神事」と紹介されることが多い。しかし実際に見ていると、厳粛な祭礼というより、集落の人々が総出で参加する民俗行事、あるいは祭りとしての性格のほうが強く感じられた。

もっとも、現在の姿だけを見て「神事ではない」と決めつけることもできない。長い年月のなかで儀式が簡略化された可能性もあれば、そもそも神事と民俗行事が混ざり合った祭りだった可能性もある。

山城神社

山城神社

山城神社

山城神社

山城神社

山城神社

山城神社

山城神社

山城神社

山城神社

山城神社そのものも興味深い。

正面には古びた石造鳥居があり、注連縄と紙垂が掛けられている。したがって明らかに神社として祀られているのだが、建物は一般的な神社の社殿というより、集落にある小規模な祠といった印象である。

扉を開けた内部には、二体の石像が祀られている。

一見すると神像というより石仏に近い姿をしており、神仏習合の名残なのか、それとも別の信仰に由来するものなのか、非常に気になるところである。

さらに石の台座には、奉納者と思われる**「山内」姓**が刻まれている。

ここで思い出されるのが、ヘトマトの進行役である。

ヘトマトでは、御幣を奉持した山内氏が先頭に立ち、一連の行事を進めていく。この山内氏と、山城神社に刻まれた「山内」の名がどのような関係にあるのかは興味深い。

ただし、現在のところ山内氏の来歴について詳しい史料は確認できていない。

「山城」という神社名から、かつてこの地域に何らかの山城があり、山内氏が土地を治めた一族だったのではないか、と想像したくもなる。しかし、これは現段階ではあくまで推測であり、城跡や系譜などの裏付けが必要である。

山城神社

山城神社

山城神社の地図

山城神社の地図

ヘトマトの出発地点となる白濱神社は海側にあり、一方の山城神社はそこから少し内陸側に入った場所にある。両社の距離はそれほど離れていない。

海側の白濱神社から始まり、集落を練り歩き、最後は内陸の山城神社へ大わらじを奉納する。

この移動そのものにも、ヘトマトという祭りの古い意味が隠されているのかもしれない。

 

ヘトマトの起源や語源、祭りに残された数々の謎については、下記の記事で詳しく考察している。

【徹底考察】五島列島の奇祭「ヘトマト」の正体とは?
8つの謎から解き明かす起源・語源と現地観覧ガイド

https://artworks-inter.net/ebook/?p=7973

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