対馬 海神神社
古代祭祀から中世八幡宮、現在の姿まで

海神神社

海神神社

海神神社 案内板

町ふるさと宝物館収蔵庫
鳥居をくぐると左手に町ふるさと宝物館がある。
もともと海神神社には弥生時代の青銅器、統一新羅時代の仏像、中世の仮面や鏡など、離島の神社としては破格の文化財が伝来していました。これらを防火・防犯・温湿度管理の整った環境で保存・公開するため、旧峰町時代の1997年(平成9年)に鉄筋コンクリート造の堅牢な収蔵・展示施設として新築・整備されました。
この宝物館を語る上で欠かせないのが、2012年に発生した文化財盗難事件だ。
事件の経緯(事実): 2012年(平成24年)10月8日、韓国人窃盗団によってこの「峰町ふるさと宝物館」の施錠が破壊され、収蔵されていた国の重要文化財「銅造如来立像」が盗難に遭いました(同時に豊玉町・観音寺の観世音菩薩坐像等も盗難)。盗難仏は韓国国内で回収され、2015年7月に日本へ返還されました。

海神神社 祭魂社(さいこんしゃ)

海神神社手水舎

海神神社

海神神社の二ノ鳥居

海神神社
深い原生林に囲まれた急勾配の石段を登ると、山肌に威厳ある社殿が現れる。

海神神社
祭神と社伝
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主祭神:豊玉姫命
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配祀神:彦火火出見命、鵜茅草葺不合命、宗像神、道主貴神

海神神社 拝殿

海神神社 拝殿

拝殿
正面に建つ大型の木造建築(昭和3年改築)。壁のない開放的な吹き放ちの広間構造になっており、国選択無形民俗文化財の神楽舞「命婦の舞」が奉納される舞台でもある。

海神神社

海神神社 幣殿・本殿
拝殿の後方に接続する。本殿は明治32年(1899年)に国幣中社として本格造営された流造(ながれづくり)の社殿。主祭神の豊玉姫命をはじめとする神々が祀られている。

海神神社 摂社・末社十七座
摂社・末社十七座」が伝えられており、現在も本殿・拝殿に向かって右手(東側)の山裾に5つの石祠・木造小祠が横一列に並んで鎮座している。
行先殿(ゆきさきどの)、濱殿御子神(はまどのみこがみ)、乳母神(うばがみ)、一宮神(いちのみやのかみ)、白鬚神(しらひげのかみ)、御先駈神(みさきがけのかみ)、飛崎神(とびさきのかみ)、若宮神(わかみやのかみ)、瓊宮神(たまのみやのかみ)、五王神(ごおうのかみ/または五三神)、新霊神(しんれいのかみ)、金倉神(かなくらのかみ)、貴船神(きふねのかみ)、今宮神(いまみやのかみ)、寶満神(ほうまんのかみ)、濱殿神(はまどのかみ)、左廳神(さちょうのかみ)、美女神(びじょのかみ)、天道神(てんどうしん)。
社名と祭神の変遷
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中世〜江戸時代:武家の守護神である「八幡神」を祀る社寺として島内屈指の崇敬を集める。
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明治3年(1870年):『延喜式』神名帳の記載に合わせ、いったん「和多都美神社」に改称。
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明治4年(1871年):国幣中社への列格に伴い、祭神を八幡神から「豊玉姫命」に変更。さらに仁位の和多都美神社との混同を避けるなどの理由から、社名を「海神神社」へ改称。
社殿の造営年代
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本殿:明治32年(1899年)建立。国幣中社にふさわしい格式の建物として造営。
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拝殿・境内:昭和3年(1928年)頃に改築・整備。
神仏習合の痕跡
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別当寺の存在:境内には寺院(別当寺)が置かれ、社僧が神前で読経を行っていた。
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統一新羅の金銅仏:8世紀朝鮮半島製の「銅造如来立像」(国指定重要文化財)が社宝として伝来。仏教信仰と深く結びついていた確たる物証である。
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明治の神仏分離:明治初期の廃仏毀釈により仏教施設は撤去され、現在の神道一本の形に改められた。
弥生時代からの祭祀遺跡
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神体山「伊豆山」:社殿背後の伊豆山は古くからの神体山(禁足地)であり、暖帯照葉樹原生林(県指定天然記念物)が今も残る。
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広形銅矛の出土:周辺の遺跡や神社伝来品からは、弥生時代後期の祭祀用青銅器である広形銅矛が確認されている。
歴史年表
古代国家の海上ネットワークとしての海神神社

海神神社 立札

