対馬 多久頭魂神社(たくずたまじんじゃ)

対馬最南端・豆酘の港

多久頭魂神社

多久頭魂神社

多久頭魂神社
祭神と神社の成り立ち
〒817-0154 長崎県対馬市厳原町豆酘1250(龍良山1250)

多久頭魂神社
天照大神(あまてらすおおみかみ)天忍穂耳命(あめのおしほみみのみこと)彦火能邇邇芸尊(ひこほのににぎのみこと/瓊瓊杵尊)日子穂穂出見尊(ひこほほでみのみこと/火折尊・山幸彦)鵜茅草葺不合尊(うがやふきあえずのみこと)
なぜこの神社が重要視されるのか

古代米「赤米」
多久頭魂神社にまつわる「謎」

オソロシドコロ八丁郭

多久頭魂神社 参道
参道にも境内にも人はいなかった。

多久頭魂神社

神住居神社
神住居神社(かみずまいじんじゃ)の概要
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位置
多久頭魂神社の参道東側の樹林の中に鎮座しており、隣には淀姫(よどひめ)神社が並んでいます。
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由来と伝承(行宮神社)
神功皇后が三韓征伐の折に対馬へ立ち寄った際、一時的な行宮(仮の宮殿)を定めて諸神を祀った場所と伝えられ、別名「行宮神社(ゆきみやじんじゃ)」とも呼ばれます。
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関連する神事
豆酘に伝わる「船浮(ふなうかし)神事」(別名:カンカン祭り)は、神功皇后が新羅の軍勢を捕虜にした伝承に由来すると言われており、この社と深く結びついています。
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鳥居の特徴
自然木の皮や木目をそのまま活かした野趣あふれる素朴な鳥居で、向かって右柱に「奉献」の文字が刻まれ、奥の社殿へと続く森の参道の結界となっています。

多久頭魂神社

境内社「神住居神社(かみずまいじんじゃ)」の社殿

境内社「高御魂神社(たかみむすびじんじゃ)」

豆酘郡主であった宗盛世を祀る「師殿神社(いくさどのじんじゃ)」

五王(ごおう)神社
五王神社の概要
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位置
多久頭魂神社の社殿右側の広場に位置し、すぐ隣には対馬最大級とされる巨木「大楠(幹周約7m)」がそびえています。
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祭神
素戔嗚尊(すさのおのみこと/牛頭天王)を祀ります。
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由来と地名
もともとは豆酘の「伽藍原(がらんばる)」に鎮座し、國本神社の相殿に祀られていたと伝えられます。この元の鎮座地は「護法原」とも呼ばれ、それが「牛王原(ごおうばる)」と書かれるようになり、転じて「五王」と称されるようになったという変遷が伝えられています。
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周辺の聖域
この神社の近く(石塔の奥)には「不入坪(いらぬつぼ)」と呼ばれる禁足地があり、天道信仰の厳格なタブー(禁忌)を色濃く残す神域の一角となっています。

多久頭魂神社の社殿(旧観音堂)扁額
各扁額の文字と意味
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中央:「普陀山(ふださん)」
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意味:観音菩薩が住まうとされる伝説の霊場(インドの補陀落・ポータラカ、および中国浙江省の仏教聖地「普陀山」)を指します。
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背景:中世の豆酘御寺において、ここが「観音菩薩を本尊とする霊場(観音堂)」であったことを示す山号・堂号です。
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左側:「瑠璃光堂(るりこうどう)」
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意味:「瑠璃光如来(薬師如来)」を祀るお堂を意味します。
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背景:病気平癒や現世利益を祈る薬師如来が、観音菩薩とともにこの地で手厚く祀られていた(あるいは薬師堂が合祀された)名残です。
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右側:「毘沙門(びしゃもん)」
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意味:仏教の四天王・多聞天であり、北方守護および武神・福徳神として信仰された「毘沙門天」を指します。
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背景:国境の防衛・外敵調伏を祈願する守護神として毘沙門天が堂内に配祀されていたことを示します。
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神住居神社(かみずまいじんじゃ)の狛犬

多久頭魂神社

多久頭魂神社 社務所(旧庫裡・参籠所)

多久頭魂神社の社殿(旧豆酘御寺 観音堂)の内部 格子の奥はかつて本尊(観音菩薩像)

多久頭魂神社

多久頭魂神社

多久頭魂神社

多久頭魂神社
神社の歴史における重要性
明治初期の神仏分離令によって、全国の多くの神社で仏教的な扁額・仏具・仏像は破却・撤去(廃仏毀釈)された。
しかし多久頭魂神社では、明治以降に神社(拝殿)として扱われながらも、堂内に仏教寺院時代の扁額がそのまま取り外されずに残されている。
「神社の本殿を持たず、お寺の仏堂(観音堂)を社殿として受け継いできた」という複雑な歴史の歩みをそのまま証明する、貴重な痕跡である。

多久頭魂神社

