対馬市厳原町 池神社

池神社

池神社

池神社

池神社

厳原の市街地(対馬市交流センターや厳原本川近く)の路地沿いに鎮座しており、かつて宗将盛が館を構えた「池の館(池の屋形)」の跡地と伝えられている。

厳原町

厳原町

厳原 交差点の奥に見える大きな鳥居が厳原八幡宮神社の一の鳥居

厳原 交差点の奥に見える大きな鳥居が厳原八幡宮神社の一の鳥居

厳原 ファミリーマート 対馬厳原大手橋店

厳原 ファミリーマート 対馬厳原大手橋店

対馬の歴史

対馬を代々治めた代表的な領主・大名は宗氏(そうし)である。案内板に記されている「宗将盛」も、宗氏の第14代当主にあたる。

対馬統治の歴史的変遷は以下の通りである。

  • 古代〜中世初期:

    • 神話・古代においては、案内板にある建彌己己命(たけみこのみこと)が対馬県主(つしまのあがたぬし)の祖とされる。

    • 平安時代以降は阿比留氏(あひるし)などが在地勢力として力を振るった。

  • 鎌倉時代〜戦国時代(宗氏の台頭):

    • 13世紀半ば頃に宗助国(そう すけくに)が対馬の実権を掌握し、宗氏による本格的な統治が始まった。宗助国は文永の役(元寇)で奮戦し戦死したことでも知られる。

    • 朝鮮半島との交易・外交を独占的に担い、中世を通じて領主としての地位を確立した。

  • 江戸時代(対馬府中藩):

    • 宗義智(よしとも)が初代藩主となり、宗氏が代々対馬府中藩(厳原藩)を治めた。

    • 幕府から対朝鮮外交の実務を一任される特異な立場を保持し、明治維新に至るまでその支配は続いた。

池神社

池神社

池神社

池神社

社号 池神社 旧村社

(本主神社)例祭日 旧暦三月十一日

祭神

建彌己己命(たけみこのみこと)

弥都波能売神(みつはのめのかみ)

佐須景満

本社は神武天皇の朝、建彌己己命が津島(対馬)の県主となりし時、此の地に館を置かれし古跡なり。また、この地に大池ありしに依りて、水の神弥都波能売神を合せ祀りて本主神社また池神社と称す。

大永六年(一五二六)宗将盛は館を中村より池の地に移したので、池の城、或は池の館といふ。これより今屋敷の名起れり。今、大池埋りて無し。明治七年六月社格村社に列せらる。

 

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