杵島は鬼国

魏志倭人伝には邪馬台国の事が書かれているが、それ以外の国のことも書かれている。

その他、斯馬国、百支国、伊邪国、都支国、彌奴国、 好古都国、不呼国、姐奴国、對蘇国、蘇奴国、 呼邑国、華奴蘇奴国、鬼国、爲吾国、鬼奴国、 邪馬国、躬臣国、巴利国、支惟国、烏奴国、奴国である。

これだけの国が九州にあったのだ。(邪馬台国が九州にあったら)

この時代の発音がわからないので、どう読めばいいのかわからない。

本来漢字は象形文字なので、意味も含まれていなくてはいけないのだが、よく知らない国を表記する時は、意味など考えていないはずだ。その呼び名の音だけを書き綴ったと思われる。なので国名に使われている漢字の意味で、現在の国を比定してはいけないと思う。

さらに、女王国の他の国々の比定は、邪馬台国がどこにあったかで変ってくる。WEBでも各論様々なので要注意である。

しかし、気になるのは 鬼(き)国、斯馬(しま)国、邪馬(やま)国である。

特別根拠があるわけではないのだが、その国名の音が長崎の島原や彼杵などの音に通じているからである。

鬼(き)国を比定するのは容易ではない。

鬼という字を使うには、何か意味があったとみんな思うからである。上記に挙げたとおり、文字には意味がないとわかっていても、「鬼」だけは別物だと考えてしまう。

卑弥呼の鬼道という字にも「鬼」を使っている以上、何らかの意味があると思われる。

鬼道とは道教の流れをくむという説と、邪教という説がある。日本古来の神道ともいわれている。また、当時の中国でメインだった儒教にそぐわない体制を「鬼道」と表現している用法があるらしい。

決定打はないので、「普通とは違う」という意味としてざっくり捉えたい。  

九州には鬼のつく地名は意外と多い。

鬼は、後世様々な意味に使われているので 邪馬台国の時代に「鬼」というニュアンスがあるのを選別するのは困難だ。

なので九州に邪馬台国があったと仮定して、一つの国として成り立っているものを探す。  

中国の複数の史書に記述が見られる倭国大乱の原因といわれている、 磐井の乱(いわいのらん)は527年なので、だいぶ新しいがその国は筑紫の君が支配していた筑紫(つくし、ちくし)王国である。

その筑紫王国は、有明海を支配していた。

そして兄弟分の熊本の「火の君」も顕在だった。  その有明の重要な拠点が佐賀県の「杵島」であった。

「杵島」は現在陸続きだが、古代は大きな島であったとするレポートもある。

この杵島が「鬼(き)国」だと思うのだ。

(「杵」は「キ」と読むが、紀の国の紀氏(現在の奈良県生駒郡平群町上庄付近を本拠とした古代豪族)との繋がりも指摘されている。)

杵島

佐賀県杵島郡

有明海沿岸、長崎は土蜘蛛の地、熊本は熊襲の地、また隼人という一族。いずれにしても大和と対峙している地域である。

「鬼(き)国」イコール「杵島」というのは、単なる語呂合わせではなく「杵」の字がつくものは反大和の流れをくんでいるからである。

杵は餅をつく道具である。

古代の杵は手杵(てぎね)あるいは兎杵(うさぎきね)と呼ばれ、中間の握り部分を細く、両端を太く加工し、握りやすく打撃の威力が増す両頭のものに発展した。

うさぎ杵(きね)

杵というものは、それだけの用途なのだが、古代インドの武器に金剛杵というものがある。

密教では煩悩を打ち砕く意味で用いられる。杵形の把(つか)の両端に鈷を付け、鈷が一本のものを独鈷杵(とっこしょ)、三本を三鈷杵(さんこしょ)という。

金剛杵(ヴァジュラ)

なので、杵という字には、「たて(盾)」、「大きな盾」、「戦いから身を守る道具」の意味も付け加えられている。

さっき書いたが、反ヤマトの国々につけられた「杵」という字には、金剛杵のような武器を使う人々ではなかったのかと想像できる。

例えば出雲大社である。

古代、出雲大社は杵築大社(きづきたいしゃ)と呼ばれていた。

杵築という文字の意味はどの辞書にも載っていない。となれば杵型の武器を持った一族が作った神社という意味があるのかもしれないと思う。

また、杵築という地名の場所がある。大分県の国東 (くにさき) 半島南部に杵築市という市がある。

この市にあるのが、宇佐神宮である。宇佐神宮は参拝の時に4拍手を行う。そして出雲大社も4拍手である。

明らかに繋がりがあるのがわかる。

ただ、宇佐神宮は反ヤマトではなく、ヤマト王権に関わった渡来人「秦氏」の本拠地として有名である。

となれば、「杵」という文字は、渡来人系の杵型の武器を持った一族ということかもしれない。

佐賀県の杵島が「鬼(き)国」だと考えれば、斯馬(しま)国もしくは邪馬(やま)国は島原かなと思う。

島原という地名は不思議である。

地図を見れば確かに島に見えないこともないが、島に見えるとすれば「原島」と呼ぶべきである。

また、島原は雲仙という大きな山一つで出来上がっている地域である。

邪馬(やま)国とよんでいても不思議ではないと思う。

さて長崎だが、肥前風土記に出てくる地名には「き」のつく文字が多すぎる。

佐世保の早岐 「はいき」

西海橋、速来門(はやきのと)の「はやき」

彼杵郡の「そのき」

島原地方の「たかき」

長崎の喜々津も木々津「ききつ」

そのき

まさに「きの国」である。

中心は「杵島」なので、それより西にある長崎は、彼(かなた)の杵で、彼杵(そのき)である。

長崎に隼人一族が関係していると調べた事がある。

長崎自体に、記録に残されているものはないが、五島には隼人の話が残っている。

肥前風土記・松浦郡・値嘉郷

「この嶋の白水郎は容貌、隼人に似て常に騎射を好み、其の言語は俗人と異なる。」

白水郎とは漁師や海人(あま)の事である。

値嘉郷は五島列島上部の小さな島ではなく、「領域は現在の平戸島と彼杵郡所属であった江島、平島を除く五島列島、及びその附属島嶼にあたる。ウィキペディア」である。

五島  

古代は倭寇の巣窟だったりと、大和の治外地域だった感が強い。

五島最大の福江島には鬼岳(おにだけ)がある。

後年山岳信仰の御岳が鬼岳になったという説があるが、隼人に似た部族が住み着いているなら、当初は鬼岳(おにだけ)だったと思われる。

福江の北側に岐宿町(きしゅく)があるが、鬼という豪族が住んでいたことから鬼宿と呼ばれたとある。

鬼族ではなく「キ族」だと推測される。  

九州に「杵」の国があり、隼人と呼ばれる異民族にも近い人達が、「杵」の国に絡んでいる事は間違いないだろう。

隼人は勇猛で、イヌの鳴き声のような奇声を発するだけではなく、隼人の呪力が大和政権の支配者層に信じられていたことも事実である。

これは卑弥呼の鬼道にもつながってくる。  

これは実感として思うのだが、五島弁は長崎人が聞いても難解なのである。

大陸に近いので、韓国の言葉が混じっているともいえるのだが、実際は隼人の言葉が混じってるんではないかな。

隼人関連としては鹿児島があるが、鹿児島の方言は暗号として使われていたと言われるほど難解といわれている。

もう一つ、五島弁と鹿児島弁の共通点は早口という事である。

隼人舞

隼人舞

肥前国に、杵一族の地が集中している。

そしてその場所は土蜘蛛の地と古代呼ばれていた。

杵という文字が、古代の武器なのかもしれないと空想する。

金剛杵を持つ神 チャナ・ドルジェ

まとまりのない文章になったが、これもまた大きな謎なのである。

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コメント

  1. 伊藤環 より:

    過去に遡り、興味深く読ませていただいております。
    私は埼玉県在住ですが、現諫早市小長井町の出身です。以前は北高来郡と呼んでいましたね。「諫早」の呼び名は未だにしっくり来ません(笑)

    読む度に地元を思い出し懐かしくなります。
    地元にも鬼の伝説があります。「鬼の泣く浜」。子供の頃から聞かされていて、私位の年代(40代)では知らない人はいません。小長井町が本も出しました。歴史に関係あるかはわかりませんが、小長井町の大切な遺産だと思っています。

  2. artworks より:

    コメントありがとうございます。長崎の歴史は、謎に包まれている部分が多く何故謎なのかを調べています。鬼の伝説は日本中にありますが、鬼が一体何なのかにも興味がわきます。稚拙な推理と文章ですが、お目に止まり嬉しく思います。