ヘトマトの謎-1

長崎県にある五島という島の下崎山町という地域に祭がある。

その祭が「へトマト」という。

変った祭で、奇祭と呼ばれている。

五島の奇祭「ヘトマト」 長崎 – YouTube 朝日新聞社  

父が五島、宇久島出身の私も、ニュースで聞くだけで現実の祭は見た事が無い。

私の知人は、同じ島の反対側の三井楽町が故郷なのだが、「名前だけは知っているけど、見た事が無い」と言っていた。

父の故郷でもある宇久島は、高校生まで夏休みごとにいっており、それ以降も、福江やキャンプに行った事もある。

奇祭と言われていることが気になっていたので「ヘトマト」重要無形民俗文化財(国指定)を調べようと思った。

インターネットで調べれば、すぐに分ると思ったが、これが難物だった。

「ヘトマト」のページはたくさんあるのだが、解説は「古来より下崎山町に伝わる奇祭で、起源、語源については全く不明」の一点張りだった。

とりつくシマが無い状態だった。

五島市公式ホームページより抜粋 1月20日(日)に下崎山地区で国の重要無形民俗文化財に指定されている豊作、大漁、子孫繁栄を祈願する小正月行事へトマトが行われます。

ヘトマトとは古来より下崎山町に伝わる奇祭で、起源、語源については全く不明の民俗行事です。

 祭り当日の午後は最初に白浜神社境内で子供や青年の「宮相撲」が行われ、御幣を奉持した山内氏を先頭に、町の総代役員が鉦を打ち鳴らして町内を巡り、午後3時頃白浜の海岸に向かいます。

御幣が白浜に到着すると、海岸近くの路上で、着飾った新婦二人が酒樽に乗り「羽根つき」を行ない、 次に身体に「ヘグラ」と呼ばれるススを塗り付けた若者が、縄で巻き取柄のついたわら玉を激しく奪い合う「玉蹴り」、 青年団と消防団に別れて豊作と大漁を占う「綱引き」と続き、 最後に「大草履」が登場し山城神社へ奉納します。

その途中、見物の未婚の女性を次々と捕えてはその上に乗せ何度も胴上げを行ないます。

このように諸々の行事を一度に行なう祭りとしては、全国的に類例のない、勇壮にして情味豊かな町民総参加の民俗行事です。

http://navi.gotoshi.net/contents/detail/index.php?id=312

ヘトマト 撮影アートワークス

まとめてみる。

まずこの祭りは小正月行事である。

1.最初に白浜神社境内で「宮相撲」

2.御幣を奉持した山内氏を先頭に、鉦を打ち鳴らして町内を巡り、白浜の海岸に向かう

3.着飾った新婦二人が酒樽に乗り「羽根つき」

4.身体に「ヘグラ」と呼ばれるススを塗り付けた若者が、縄で巻き取柄のついたわら玉を激しく奪い合う「玉蹴り」

5.豊作と大漁を占う「綱引き」

6.最後に「大草履」が登場し山城神社へ奉納 (その途中、見物の未婚の女性を次々と捕えてはその上に乗せ何度も胴上げ)

まるで、トライアスロンのように、次々と趣向が変る。

奇祭といわれるゆえんである。

 

神事なので、やはり神社の成り立ちが気になる。

白浜神社の祭神は宗像三女神とある。

宗像三女神は素戔嗚命の娘だ。

 

白浜神社由来

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ウィキペディア

宗像大社(福岡県宗像市)に祀られている三柱の女神の総称。 大陸及び古代朝鮮半島への海上交通の平安を守護する玄界灘の神、要として、大和朝廷によって古くから重視された神々である。 海の神・航海の神として信仰されている。

宗像三女神は有名で、色々解説も多い。

うーん。

「ヘトマト」が、神事であるとしたら、当然この宗像三女神に関係はあるんだろうが、ピンとこない。

もっと違う原因が関わっているんじゃないのか。

再度、「へトマト」を見直す。

「へトマト」は重要無形民俗文化財(国指定)である。

これは、青森のねぶた、男鹿のナマハゲ、長崎では「長崎くんちの奉納踊」と同列である。

しかし、重要無形民俗文化財という割に、その由来が不明なものも珍しい。

何故だろうか。郷土史家の人たちの見解はどうだろう。

せめて憶測だけでも良いのでヒントがほしい。  

「へトマト」は白浜神社境内から出発、山城神社へ奉納とある。

しかし、その二つの神社の由来もHPに出てこない。

今の時代、ネットで調べて、何も出てこないというのは、無いと同じ事だ。

という事は、神社の由来はあまり重要では無いらしい。  

それなら行事を調べる。

「宮相撲」

ヘトマト 撮影アートワークス

相撲は日本固有の宗教である神道に基づいた神事、とウィキペディアは書いてある。これは、納得だ。

次の「羽根つき」

ヘトマト 撮影アートワークス

羽つきは正月に行う遊びである事はみんなもよく知っている。

どう調べても、肝心のへトマトとの関係はさっぱりわからない。

そうだ。ここで「墨」が出てくるのを発見した。

羽根つきと言えば、負けると顔に墨を塗るのが定番だった。

「へトマト」にも、ススが出てくる。

「ヘグラ」と呼ばれるススを塗り付けた若者という箇所だ。

「ヘグラ」とは竃(かまど)の煤(スス)をいう。

ヘトマト 撮影アートワークス

このススを付ける神事は、確か日本中にあったと思い、ネットで調べると、かなりあった。

■「すすつけ祭り」奈良県橿原市地黄町 ススを付け合うのは「子供」で、大人はワラで5m大のとぐろを巻いたジャ(蛇巻)を作るとある。

■片江の墨つけとんど。 美保関地域観光振興協議会公式ホームページより抜粋。 魔除けのおまじないだという「墨付祭」 無病息災、大漁を祈願し、また墨を付けられると1年間は風邪などひかず、海難にも遭わぬと云われており、根強い信仰をもたれている。

■久富盆綱曵き(無形民俗文化財に指定) 福岡の筑後市 6~12歳までの子どもたちが全身かまどのススを塗り、腰にしめ縄を張って綱を引き廻して練り歩く。

■宮崎県宮崎市 「師走まつり」美郷町南郷区の百済伝説を再現するまつり 顔にかまどの煤を塗りあう「ヘグロ塗り」

鹿児島県指宿市山川の利永集落で20日、顔にヘグロ(すす)を塗って無病息災を願う伝統行事「メンドン」 奇抜な格好をしたメンドンが,すすのついた大根を片手に区民らを追いかけ回して顔にすすを塗る、一年の無病息災を祈願する伝統行事。

 

「ヘグラ」と「ヘグロ」。共に竈のススの方言である。方言のデータベースのHPでは竈黒(へぐろ)とあった。

全国方言辞典を見る。

へぐら 鍋墨。釜墨。佐賀・長崎。へぐり「山口」へぐろ 鍋ずみ。宮崎県方言辞典「へぐろ なべずみ」。鹿児島方言辞典「ヘグロ 灰黒(鍋墨)」。壱岐島方言集「ヘグロ ヘグラ 鍋釜の炭を顔や手足につけたるに云ふ」

顔に墨を塗る、墨を付けるという祭は多い。

魔除けのおまじない、無病息災、豊作、大漁、子孫繁栄と効用は様々だが、魔除けが基本みたいである。

へトマトの場合も、魔除けのおまじないなんだろうか。

この墨を塗るという行為について、明確な理由は不明のようである。ただ推測すれば、体に墨を塗り悪霊から身を隠す、穢(けがれ)をわざわざつけ、それを洗うことで禊が出来る、などが考えられる。

このヘトマトの場合だが、カマドのススは食事をする際の煮炊きの時に出来るものである。なのでススが沢山出るということは、その家は食事に困っていないという事になる。

なので、ススは食料が豊かなことの証でもある。それ故、お互いにススを塗り合い、豊作や大漁を願うのではないかと推測している。

話を元に戻す。

羽根つきに負けたら墨を塗る事と、ヘトマト神事のススを付けるは違う様である。

それはわかった。しかし、羽根つきは女性の神事である。そして勝ち負けが出る。

相撲も羽根つきも、わら玉を激しく奪い合う「玉蹴り」も、豊作と大漁を占う「綱引き」もすべて勝負事だ。

この勝負事が重要なのかも知れないと思う。

ヘトマト 撮影アートワークス

ヘトマト 撮影アートワークス

ただ「へトマト」の場合、決められた順序でこれらの行事を行う事が珍しいのだ。

また、祭りの勝ち負けは地域対抗、世代対抗でよく行われている。勝ったほうが、豊作や豊漁になるというおまけが付く。

昔ののヘトマトも多分そうだったんだろうと思う。

しかし、この勝負事の遊びを、たて続けに行う理由が不明なのだ。

そして最後の大わらじである。

わらじは、稲藁で作られる日本の伝統的な履物だ。

ヘトマト 撮影アートワークス

わらじは、昔の生活必需品で、それが神事に登場する場合は、色んな比喩や意味が託されている。

多いのは、想像上の巨人である。これは、力の象徴だろう。

また、わらじがワラで作られている事も関係ありそうだ。

ワラで縄をつくる。ちなみに注連縄もワラで作る。わらじが、注連縄の変形と言えるだろう。

このわらじに関しては、日本中の祭りに多く存在している。

■福島わらじまつりの大わらじは、昔羽黒神社に仁王門があり、安置されていた仁王様の大きさにあったわらじを作って、奉納したのがはじまりだといわれています。その後、伊勢参拝などの長旅に出かける人々が健脚、旅の安全などを祈って奉納するようになりました。近年は無病息災・五穀豊穣・家内安全・商売繁盛も願っています。

■三重県志摩市わらじまつり 三重県無形文化財 村を荒らす巨人ダンダラボウシ(ダンダラボッチ)を村人たちが畳一枚ほどの大わらじを造って見せ怖がらせて退散させたという言い伝えによる祭り。 三重県無形文化財

さてヘトマトの場合はどうだろうか。

大わらじをみんなで担ぐというのはそれほど珍しくはない。

五島にも鬼岳という山があり、鬼岳の昔話を関連付けたのだろうか。総想像すれば、そんなに突飛ではないと思う。

ただヘトマトの場合は、道すがら、見物の未婚の女性を次々と捕えてはその上に乗せ、何度も胴上げを行うという行為が気になる。

とても楽しい風景である。無理矢理、若い女性をのせてわらじの上にほうりあげる。

女性はびっくりして嬌声を上げる。

その光景がマスコミに取り上げられ、奇祭として取り上げられ全国的に有名になったのだ。

しかし、神事に女性が登場するのは、少し違和感がある。

例えば、巫女という役目なら理解できる。

女性が神事に登場しないのは、月経のせいである。不浄という考えが、昔からあった。 相撲などは顕著である。現代でも、大相撲の土俵に政府の女性が上がるという事が、大問題になった経緯がある。  

もしかしたら、大わらじに女性を乗せるというのは、生け贄という意味かも知れない。

ただ神様に奉納するわらじである。生贄というのはどうもそぐわないような気がする。

意外と、ただのイベント的行為なのかも知れない。

さらに、未婚の女性を乗せるというのは、貢ぎ物というニュアンスがある。

考え方とすれば、未婚イコール処女である。胴上げをするというのは、生殖行為にもつながる。

やはり、大わらじ神事は、子孫繁栄を願うということなのかも知れないとも思う。

ここで、ざっくりこのヘトマトの祭りを推理してみたい。

「ヘトマト」とは、さまざまな占いをおこない、今年の運を知る。

そして、豊かな生殖を祈願して(もしくは、神様に処女を生け贄として捧げ)平穏を祈る。

うーん。こんな感じだろうか。

ここまで、勝手な想像で話を書いてきたが、やはり五島の「新現役の会&農援隊」という方々が作っている「五島雑学大辞典」というホームページに「ヘトマト」の解説が載っている。

http://gotojiten.jp/ 

このページは更新がされてないようで残念である。

抜粋 『大草履のつのまたの所に牛のためにといって小草履を欠かさずくくりつけており、これがこの行事の大事な趣旨であると考えられる。

隣の長手地区でも稲わらで編んだ大きな足半(かかとのない草履)を長手神社に奉納するが、ここに牛の神様の大日如来が祀られている。

1年1度、牛の足休めをして貰おうというのが大草履を奉納する意味と考えられるのである。へとまとの大草履奉納は農耕・生産の牛への感謝祭であったろう』

ヘトマト 撮影アートワークス

と掲載されている。

ここに牛が登場する。 五島の牛の存在とは何であろうか。

牛の塔祭

小値賀島はその昔、両島に分かれていたがこの二島の海峡を建武元年(1334)に松浦家第15代肥前守源定公が埋め立て新田造田工事を行った。

この工事は人柱伝説を生むほどの難工事で、その時埋立の為の使役牛が沢山犠牲になったので、定公はそれを悼み悲しんで供養塔を建立したのが由来である。 http://www.yosimoto-ojika.jp/fudoki.html より抜粋

牛を大切にしていた事はよく分かる。

更に、五島では、弥生時代の遺跡から牛歯が出土するなど、昔から家族同様に可愛がられて来た。

また、肉牛としては早熟早肥で肉質肉量を兼ね備えた牛として有名で、ヒレ肉の霜降り状態のものは絶品で、食通の舌を満足させている。

http://syoku-niku.jp/archives/2005/09/post_525.html

確かに、現在のホームページには五島牛が食肉ブランドとして、数多く登場している。

しかし、長崎県人として感じるんだが、五島牛ブランドが昔から有名だったという記憶が無い。

牛は弥生中期から生息し、近年まで農家の働き牛として飼育されていた事は間違いない。

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牛の神様の事をウシ(ウヒ)ガンサンと呼んで五島の至る所に祀ってある。

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五島 牛の神様 – Google 検索

五島市観光協会|ようこそ長崎県五島

■同様に藁で編んだ大きな足半(かかとのない草履)を奉納する長手神社にも牛を祀った祠が社殿右奥にある。

■吉田大山祇神社も綱引きを終えた綱を奉納するが、そこにも大きめの牛の像が鎮座しており、その日に40cm位のわら草履を作って奉納している。

■上五島の青方神社にも石造りの牛が奉納。

■上大津殿川近くの古い石積みの祠などには小さな牛の像が数体置かれている。

■横が倉の八幡神社にも牛の彫刻3体、田の江大山祇神社前の水田の畔に頭に角をつけた牛頭天王の石像がある。その他唐船の浦や戸岐首にも、大日山の山頂付近にも勿論ある。

「五島雑学大辞典」より

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又一つ新しい言葉が出てきた。

ウシ(ウヒ)ガンサンという言葉である。

ウシは、牛。「サン」は「様」。「ガン」は顔の事だろう。

つまり、ウシ(ウヒ)ガンサンは牛頭天王の事と思われる。牛頭天王は牛の顔を頭に乗せている仏像が多い。

imga64af90fzikdzj[1]

牛頭天王 – Google 検索武塔神(むとうしん)& 牛頭天王(ごずてんのう

ただ牛の信仰は、五島だけではない。

日本中にある。

「五島雑学大辞典」にもある牛頭天王(ごずてんのう)は、日本の神仏習合における神さまである。

仏教が日本に入って来た時、日本土着の神々への信仰、つまり祖先信仰等を仏教と同居させるための日本人の知惠と言えるだろう。

牛頭天王はインドの神様だけど、「スサノオ」とも言われている。

さらに、牛自身は天神様のお使いとされる。仏教の本拠地インドでは、皆さん知っての通り「神様」である。

仏教が日本に入ってきて、神格化された神としての牛は、さまざまな解釈で日本に根付いたのである。

五島出身の年配の人に聞いたら、小さい時は、あちこちに牛がいたそうで、牛の供養も大切にしていたらしい。

いろいろ調べたが

なぜヘトマトという名前の祭りになったのか

その謎は何にも解けていない。

本当に牛の神様に関係しているのか。牛の祭りとヘトマトという名称のつながりは何処にあるのだろうか。

もう少し、五島全体の事を調べた方が良いような気がした。

五島は、古事記にも出てくる由緒ある島である。

ただ、今回の調査で一つだけ思った事がある。

「ヘトマト」の「へ」は、竈(カマド)のススの「へぐら」の事ではないだろうか。

奇祭の行事に、大きな意味を持つと思われる「竈のスス」。 このススは色んな解釈を持つ。「ヘトマト」の残りの文字もそれに絡んでいるはずであると睨んだ。(あてづっぽうである)

謎の祭「ヘトマト」をもっと調べる事とした。

ヘトマトの謎-2へ続く

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コメント

  1. 祖父がそこの出身で より:

    祇園さん(牛頭天王)の娘達(白浜神社)と関係があるのですかね…

    内容考察興味深く拝読させて頂きました。

  2. artworks より:

    コメントありがとうございいます。牛を大切にする思いが「ウシ(ウヒ)ガンサン」→牛頭天王=スサノオ→三女神(宗像三女神)になったと思います。五島の三井楽は遣唐使の出発の場所ですし、京都の人々が五島にやってきて色々影響を与えたのでは。
    さらに、祇園信仰は神事というよりイベント主体型がそのベースにあるので、ヘトマトはイベント主導型という祭りの形に影響を受けたのかも(羽つきを取り入れたは祇園を意識した?)という思いもあります。

  3. 下村靖代 より:

    ウヒガンサンは、うしがみさまと思われます。方言で神をカンといいます。

  4. artworks より:

    コメントありがとうございます。僕もそう思います。