アイヌと縄文人の科学的な事実

最近アイヌ関係の本を2冊読んだ。

アイヌの歴史: 日本の先住民族を理解するための160話
作者: 平山裕人 ・ 明石書店

アイヌ民族の歴史
関口 明, 桑原 真人,瀧澤 正, 田端 宏 山川出版社

アイヌ

昔から興味があったのだが、いつも散文的な知識で取り止めがなかったので、この際今わかっている事をまとめたい。

しかし文化的な事や、歴史的な事は、ボリュームがありすぎて簡単にはまとめられない。

そこで今回は科学的な事をおさらいする。

アイヌは和人なのかという問いかけが本にもあった。

実はそこが一番大切である。

遺伝子について

アイヌ人と琉球人がDNA分析の結果、遺伝的にもっとも近縁であることは証明されている。

アイヌ人はさらに別の第三の系統(オホーツク沿岸居住民)との遺伝子交流がある。

アイヌ人と琉球人が親戚で、現在北と南に分かれているということは、昔縄文人として日本中に存在していた証明になる。

北海道のオホーツク文化遺跡で発見された人骨が、現在では樺太北部やシベリアのアムール川河口一帯に住むニヴフに最も近く、またアムール川下流域に住むウリチ、さらに現在カムチャツカ半島に暮らすイテリメン族、コリャーク人とも祖先を共有することがDNA調査でわかった。

北海道の直ぐ側にあるサハリンや千島列島などにも、いろんな人種が住んでいたという事である。当然、混血の度合いは差があるが、お互いの交流があったことは事実である。

成人T細胞白血病 ATL

この病気のキャリアを調べた結果、沖縄県・鹿児島県・宮崎県・長崎県に偏在していることがわかった。

そしてアイヌに特に高頻度に現れている。中国や韓国など、東アジアの周辺諸国ではまったく見出されていない。

これもまた、科学的事実である。

これだけ証拠があれば、アイヌ人は縄文人をベースにしている事が確実である。

アイヌ語

言語学では「孤立した言語」である。

古くから互いに経済的、文化的な交流があったにも関わらず、大和民族の日本語との間には、語彙の借用(例、女 menoko)を除いてそれほど共通点(例、皮 kap~kapa)が見いだせない。

北海道以北のアイヌの民には強力な支配者や中央政府が存在しなかったため、いわゆる共通語のようなものは無い

基本的な文型はSOV(主語・目的語・動詞)の順で、この点では日本語と同じである。

しかし、形態論的には抱合語という東シベリアやアメリカ先住民族らの言語(古シベリア諸語、アメリカ先住民諸語など)と共通の特徴を持つ。

これに関しては、私説がある。

なぜアイヌ語と日本語は全く違うのか クロマニヨン縄文説

なぜアイヌ語と日本語は全く違うのか クロマニヨン縄文説
アイヌという存在を語る時、日本の先住民という一般的な知識以外に何も思い浮かばない。 そして、北海道の地名がアイヌ由来であるとか、木彫りのク...

アイノイド

アイヌは古モンゴロイドに属し、周囲のモンゴロイドと大きく異なる形質を持っており、人種的にはアイノイド(Ainoid)と呼ばれる。

アイノイドとは古モンゴロイドを言う。

この古という文字は、進化の程度が新・古という意味ではなく寒冷地適応を経ているか否かの違いを表した分類である。

日本においては、縄文時代の住民(縄文人)は主に古モンゴロイド系であった。

中国および北東アジアから渡来したのは新モンゴロイドどいう。現在の日本人の新モンゴロイドと古モンゴロイドの特徴が混在する形質が形成されたと考えられた。

遺伝子解析の結果、日本人(琉球人、本土人、アイヌ人)は皆縄文人の血を受け継いでいるため、現在の東アジア大陸部の主要な集団とは異なる遺伝的構成であるという結果が出ている。

これは、縄文人、弥生人(新モンゴロイド)という区別と同じである。

弥生人に関して言えば、これは多種多様である。

今まで言われたように、朝鮮半島からやってきた渡来人という説をよく見るが、必ずしも正しくない事は、証明されてきている。

弥生人一般が平べったい顔をしているというのは俗説であり、本当は多種多様な系列を持っている。

縄文系弥生人、渡来系弥生人、混血系弥生人、新弥生人、南九州弥生人という種類分けが存在している。

近年のミトコンドリアDNAハプログループやY染色体ハプログループの研究によって、日本人と中国人・朝鮮人とのY染色体は若干違っている。

つまり、縄文人が住んでいた日本列島に、東南アジア、中国南部、ユーラシア大陸内部、シベリアなど様々な地域から、断続的に日本列島にやってきたといえるだろう。

これらの事で、アイヌ人は縄文人であり、日本人だといえるのだ。

これらの事をベースに考えれば、日本の地名にアイヌ語が使われていたり、風俗習慣、そして言葉に強い関連性があることは納得できる。

そして、アイヌに関して、もっと深い研究がなされればと思っている。

アイヌの口の刺青

余談なのだが、アイヌ人の女性で特徴的なものは、あのくちさけ女のような刺青である。

大人の女性であることを示すサインだというが、江戸時代のお歯黒とどこか通じるものがある。

お歯黒の起源も不明なのだが、古代、古墳に埋葬されていた人骨や埴輪にはお歯黒の跡が発見されている。

現代でもミャオ族やベトナム、ラオスの少数民族地域において本式のお歯黒が見られる。

これもまた、一度調べて見たい事象である。

さらに後一つ

九州で発見された漢委奴国王印だが、ここに記入されている国名がアイヌに関連しているという文章をどこかで読んだ事がある。

つまり、漢の委奴国をイヌ国と呼んだのである。「アイヌ」ではない「イヌ国」である。アイヌ語にはイヌンベ=炉縁という言葉もあったという。

なるほどと思ったのだが、これは違うだろう。

ネットでは、アイヌ語由来の地名というのが沢山ヒットする。

日暮里=ヌップリ(山の意味)、五反田=コタン(集落)、信濃町=シ ナイ ノ(大きい谷と水のある土地) などだ。

これらは面白いと思うのだが、アイヌが日本中に定住していたという証拠がなにもない以上、言葉遊びに過ぎないだろう。

なぜなら、アイヌ人と琉球人がDNA分析の結果、遺伝的にもっとも近縁なのだが、アイヌ語と琉球語は現在の研究では全く共通点がない。

という事は、アイヌの言葉の文化は南に伝わっていない事になり、何かの理由で古代より日本列島の南北は文化的には分断されていたということになる。

これもまた事実である。

スポンサーリンク