神々の遺伝子 (6) 終章

弥勒の誕生

真達の一族は、戒律のせいで長い年月の間に知らずに血が濃くなってしまっている。その為日本以外の同族と結婚させる習慣があった。そのせいか西洋人の血が混じっており、みんな彫りが深くエキゾチックな美男美女が多いのだ。
そんな一族の中で、美春はとびきりの美人だ。去年、インドの一族の青年と婚礼が決まり、無事懐妊して日本に戻ってきたのだ。婚礼といっても、一緒に住むわけではなく、その血筋を絶えさせないための古来からの知恵であった。
そんな美春の子どもだ。何か重要な意味があるはずなのだ。

軽い失神状態にあった美春が我に戻った。
「赤ちゃんはどこ」
「ここですよ、保育器の中にいますよ。元気な赤ちゃんですよ。」
そういって保育器をベットに近づけようとしたとき、看護婦が「あっ」とさけんだ。
「どうしたんだ」
看護婦は赤ちゃんの股間を指さしていた。そこには、何にも付いていなかった。
「しんじられん。性器の付いていない人間などいるはずがない」

「どうしたの。ミロクはだいじょうぶなの」
美春は心配そうに真に聞いた。
「美春、この子の名前はミロクというのか」
「そう。私のあかちゃんが生まれた瞬間、私の意識はどこかへ飛んでいっていたの。気が付いたら、真っ暗な空間の中に大きな球が浮かんでいたの。最初は一つだったけど、どんどん分裂していくの。まるで曼陀羅のようになっていて、その中心にある球から、声が心に響いてきたの。その声は、こういったわ。「ミロクじゃ。弥勒が生まれたのじゃ」そういっていたわ」

「この子が弥勒様か。そういえば生まれたばかりだというのに、泣きもしないで、ほらにこにこ笑っているぞ。この子が生まれたのは大きな意味があることだと思われる。よし、みんな万全の介護体制をとるように」
真は、そう指示して医療室をでた。

弥勒菩薩はマイトレーヤともいう。数多い菩薩の中でもこの弥勒菩薩は別格な存在だ。なぜなら未来に生まれる仏だからである。釈迦が入滅してから56億7千万年後に仏となって、衆生を救済するという言い伝えがある。
部屋に戻るとインターホーンで秘書にすぐさま連絡をした。
「藤堂先生をここへ呼んでくれ」

藤堂というのは一族の医師だった。彼に私たちの進化の変化を詳しく調べさせていたのだ。何分か後に藤堂がやってきた。中年の温厚そうな医師であった。
「真様、およびですか」
「うん、藤堂先生。私たちの診査の結果と、ミロクの誕生について、あなたの意見を聞きたいのだ」
藤堂は、大きくうなずき気分を落ち着かせながら話し始めた。

藤堂医師

「真さん。はっきり言いましょう。一族の変身は、確かにゴッドウィルスが関与しています。私も一族ですが、現在その兆候がないのは、やはり血の純血性と個体差に時間差があるのでしょう。変身した一族の血液検査をしてみましたが、間違いありません。真さんの研究テーマである「隠れ遺伝子」の論文は私も読みましたが、今回のウィルスは、このゴッドウィルスが隠れ遺伝子の引き金を引いたと言っていいでしょう」

真は尋ねた。
「私は、瞑想によるリセットの方法で、隠れ遺伝子の引き金を引いたはずだった。立川流の秘技である性交を弘子と行った。その結果の変身じゃないのか」
真は、弘子のことを思いだした。彼女の柔らかな笑顔と、その愛情を思い出せば、今でも涙が出てくるようだった。そして彼女の献身的な行為で蘇ったのは事実だったからだ。
もしウィルスの感染だけで、進化できるのだったら、今まで修行してきたことと、弘子との努力が何の意味もなかったことになるのだ。

藤堂は顔の曇った真をチラリと見て、話を続ける。
「真さんは、やはりなるべくして進化を成し遂げたというとでしょう。たしかにある時がくれば進化できるのかもしれませんが、真さんたちの努力は歴史の必然だったと思います。真さんの変身は、ウィルスのせいではないんです。真さんの検査結果を見ても、ウィルスに感染した兆候は見つけられませんでした。しかし、ウィルスは存在しています。ということは真さんは自力で進化を遂げ、ウィルスを生み出したと思われます。これがどんな意味を持っているのか、はっきり言って私にはわかりません。今回の出来事は私が学んできた、医学の常識を遙かに越した、異常事態なのです。残念ですが、お役に立てそうもありません。」
実直な藤堂医師は、実にすまなそうに真にいった。

「そうですか」
長い沈黙の後、真は、ふと我に返った。
「先生。もう一つ聞きたいのですが。ミロクのことです。ミロクの無性はどんな意味があるのでしょう」
藤堂医師はまたまた困った顔をした。
「ミロク様ですね。精密検査をしましたが、真様と同じようにウィルス感染の兆候は全くありません。しかし、真さんと同じように、驚くべき事実がわかりました。ミロク様はたぶん人ではありません」

「人ではない・・」真は絶句した。
「そうなんです。ミロク様は人がそばにいる時は、生きているのですが、みんなが寝静まると呼吸を止めてしまいます。つまり眠るのではなく死んでいるのです。しかし、一族の誰かが目を覚ますと、呼吸を始めます」
「そんな馬鹿な」あまりにも突拍子もない報告だ。
「わたしも、何度も調べましたが間違いありません。その事と無性というのは何か重要な意味があるのでしょう。私の知識の中でこんな生態を持つ生物がひとつだけあります。それはウィルスです」

ウィルスの不思議さは真も知っている。ウィルスは生き物のように言われているが、いろんな点で生物とは違う。ウィルスは単独では増殖できない。特定の細胞に寄生して増えていくのだ。さらに自分ではエネルギーを生むことが出来ない。宿主のエネルギーを使うのだ。ウィルスの結晶化の成功によって、今でもウィルスが生物か物質かいう議論が行われている。生き物でもなく物質でもないものそれがウィルスである。

「しかし、ミロク様がもし弥勒菩薩様の生まれ変わりなら、どんなことがあっても不思議はありません。この事実が本当なら、言い伝えの弥勒菩薩はウィルスということになります。我ら一族の変身とミロク様の誕生。まさに予言どおりではありませんか。人類救済の時が今訪れたのです」
藤堂医師は一族の中でも、きわめて冷静な男だった。しかし、この異常事態に今までの知識が追いつかないことを理解していた。
「そうだな。我々は大きな神の意志に動かされているのだ」
真は大きく深呼吸した。ついに来るべき時が来たのだ。

ミロク

一族の長である真が何の行動も起こさないので、皆はいらだちや不安で重苦しい雰囲気だった。そんな中で、不思議な赤子のミロクの成長が一族に期待を抱かせているのだ。
ミロクは保育器の中で驚くべき成長を遂げている。乳児というのは猿のような顔をしているものなのだが、ミロクの場合は生後3日目で、何とも愛くるしい顔立ちをしていた。さらに保育器から出して、美春は母乳を与えようとしても、ミロクは母乳をほしがらなかった。
藤堂医師は、ミロクを何度も検査したが、きれいな内臓があるだけだった。ミロクが何故食事をしないのか。栄養源はどうなっているのかは、さっぱり解らなかった。
最初、美春はお乳をほしがらないミロクに狼狽したが、藤堂医師らの医療班の綿密な診察と助言で、もう慣れてしまったようだ。
さらに一族の生理に反応して、生きたり死んだりしていることや性器がないことも知れ渡っていたが、考えてみれば仏様は男でもなく女でもないのだ。それにミロクは生き死にを超越している。誰ともなく「弥勒菩薩」の誕生を確信していたのだ。

弥勒菩薩は、梵名マイトレーヤという。「ミロク」は弥勒菩薩様だ。一族みんなは、口に出さないけれど、そう思いこんでいた。

ミロクは誕生して1ヶ月ほどでなんと立ち上がっていた。体つきも5才ほどの子供の身長になっている。そして、生まれてから56日7時間後に言葉を発したのだ。赤ちゃんの声ではない。それは、言葉と心に同時に届く声だった。ミロクはつぶやくように言葉というか、音のようなものだったのだが、なんども繰り返す内に、はっきりとしたメッセージとなった。
分厚いドアのある医療室からそのメッセージはまるでテレパシーのように、どんどん広がっていったのだ。

「人に会え、そしてふれよ。我らが、彼ら民の道をしめすのだ」

荘厳なる空気が一族の頭の中に直接伝わっていった。

神々の行進
真はその声を修行堂で聞いた。静かに瞑想を続けていた真の心の中に「ミロク」の声が聞こえてきたのだ。
その心の声を感じたとたん、真は様々な雑念が解消していった。今まで、悩んでいたのが嘘のように、晴れやかなものが心の中に充満していた。更に使命感のようなものが芽生えてくるのだった。
一族の第2の覚醒が始まったのだ。

進化した神々は遂に行動を起こした。それは移動することだった。渡り鳥が集団で出発するように、変身した一族の者は、何の連絡をしなくとも、研究所の玄関に集合していた。
みんな、晴れやかな顔をしていた。今まで身体は変身したけれど、心の中は不安や恐れでいっぱいだったのだ。それがミロクの声で何かに変わったのだった。今までの人格が一掃されて、神という自覚が芽生えたのだ。
今はもう悩むものなど誰もいなかった。人に会わなくてはならない。それが使命として心の中に充満していた。

朝靄がまだ残る、すがすがしい朝だった。みんな思い思いの格好をしていた。真は一歩を踏み出した。みんなも真について歩き出した。目的地は東京だった。

ただの行進ではない。神々の行脚だ。
皆スーパーマンのような体力を持ち、身体は均整がとれ、堂々としていて神々しい。女性は華やかで優雅に見える。色が白く、唇は赤く品よく小さめで、日本人好みの美貌だ。彼らは、植物、動物、昆虫との意志疎通も可能なのである。彼らが発する声は、独特のヘルツを持っており、様々な生物がよってくる。彼らの回りは、蝶や小鳥、白鷺や鶴、ハトなど平和や神秘を連想させる色とりどりの動物達が彼らの回りに集まってくるのだ。
テレビのディレクターに神々の集団を演出させるとこうなるだろうという見本みたいな光景だ。

昼には彼らの一団は、人通りの多い中央線の国分寺近辺の国道に出てきた。彼らは黙々と歩き続けていた。
いつの間にか、テレビ局のクルーが集まってきた。あっという間にブログやフェイスブック、ツイッターで、神の集団の写真がアップされ、話題にされている。ネタに貪欲なお昼のワイドショーがすばやく反応していた。珍しい宗教団体の行進だったと思ったらしくコメディアンの突撃レポートの段取りを組んでいた。

「こちらは突撃レポートのラクダーズのひろしです。今朝からネット盛んにアップされている不思議な団体の行進をレポートします。おっ、やってきました。やってきました。全部で30名ぐらいでしょうか。先頭には背の高い、大柄の男性が歩いています。身長は2メートル近くありそうな長身です。ほかの人たちもかなり体格がいいようで、スポーツの選手のようです。身なりは白い布を全員まとっています。まるでインドの僧侶がつけている衣のようです。何かの宗教団体でしょうか。もしかしたら、あのオーム教の残党かもしれません。それではインタビューしてみましょう」

吉祥

レポーターは一団が来るのを待ち受け、真にマイクを突きつけた。真は、レポーターを見つけると足を止めた。そして、道の脇にある広い公園に入っていった。みんなも、同じように公園に入っていく。真は黙って芝生の中央に座った。回りのみんなも、それぞれ色んな所に腰掛ける。休息ではなく、レポターと話をしようとしているらしい。
真達が公園にいると、綺麗な鳥達が集まってくる。まるでお釈迦様が座禅していると、森の動物が集まってくる風景に似ていた。さらに犬や、猫、りす、いろんな小動物がこの一団を慕うように遠巻きに集まっているのだ。
不思議な光景だった。テレビ局の一団はぎょっとした。気を取り直したレポーターは、カメラが回っているのを確認すると、覚悟したように話しかけた。

「もしもし、あなた方は、どういう団体なのですか。この行進の目的は何なのでしょう」
軽薄な話し方が、いかにもワイドショー的だった。
真が口を開いた。
「私たちは、あなた方を導く者だ。私たちはあなた達を救えるだろう。私は須弥山を目指している。他の者達は、それぞれ逝くべき道を行くだろう」

須弥山とは仏教の世界説で、世界の中心にそびえ立つという高山のことだ。
レポーターは大げさに驚いて見せた。リアクションのおもしろさで売っているタレントなのだ。
「なんという一団でしょうか。やはり宗教団体のようです。いっている事の意味が分かりません。しかし、この一団は全て美男美女なんですよね。それにこの集まっている動物達も不思議です。どういう仕掛けなのでしょうか。おや、きれいな女性がいます。ちょっと彼女に聞いてみましょう」

テレビに映らない所にいるディレクターが盛んに指示を出しているのを確認したからだ。テレビカメラが無遠慮に女性を映し出した。顔がゆがんで写る広角レンズが意地悪くローアングルから狙っている。しかし、鼻の穴が丸見えのアングルでも、彼女がひときわ美しいことを伝えてしまう。
レポーターはその美貌に驚いて見せた。
「何という美人でしょうか。こんな女性がなぜ集団の中にいるのかきいてみましょう」

「すみません。ちょっと良いですか。あなた方の団体名は何というのですか」
話しかけられた女性は涼しい瞳でレポーターを見つめた。すれっからしのレポーターが、マジでどぎまぎしている。
「私は吉祥と呼ばれています」
鈴のように美しい声だった。
「キッショウですか。不思議な名前ですね」
レポーターは、キッショウという名前に引っ掛けて、話しを渡井のほうへ持っていこうと、とっさに考える。

しかし、その一瞬の間に弁天がレポーターに話しかけた。
「あなたは、悲しみを持っていますね。それは貧しさと病気でしょう」
そういうと、優しく、レポーターの目をのぞき込み、静かにレポーターの手を触った。そのとたんレポーターの様子が変わった。何ともいえない歓喜の表情になった。そして、その場にへたりこんでしまった。
スタッフの中にいたディレクターらしき中年の厳つい男が飛び出してきた。
「なにをしたんですか」
品のない荒いだみ声で吉祥を威嚇した。レポーターに危害を与えたと思ったのだ。

吉祥は、静かにディレクターと6人ほどのテレビスタッフを見つめた。そして軽く手を振った。テレビ局一団は、まるで雷に打たれたようにレポーターと同じように座り込んでしまった。まるで魔法みたいだった。その中には手を合わせて土下座をしている者もいる。
真はそんな場面を見ると、すくっと立ち上がった。そして静かに出発した。一族は、テレビスタッフを公園に残し立ち去った。

テレビ局

吉祥というのは吉祥天のことである。もとバラモン教の女神で、のちに仏教に入った天女だ。顔かたちが美しく、衆生に福徳を与えるという女神の事である。彼女の進化は、美の女神への美貌と人をひきつけるフェロモンの放出だった。彼女の至福フェロモンの体内から分泌・放出されて、人間の行動や生理状態に影響を与えるのだ。この場合、彼女の濃厚なフェロモンの影響により、強烈な至福感を味わったのだろう。

驚いたのはテレビ局だった。生中継での出来事だ。テレビカメラがストップしたので大急ぎでCMを入れたのだが、不思議な光景と美女を見た視聴者から問い合わせが何千と来て、ワイドショウの電話はとっくにパンクしている。あまりの反響の大きさにテレビ局は驚いた。

公園で座り込んでいるディレクターの携帯電話がさっきから、10分間も鳴り続けている。やっと我に返ったディレクターは鳴り続けている携帯電話の通話スイッチを入れた。
「もしもし、なんですか」
ひどく間の抜けた話し方だ。
「何ですかは、ないだろう。たけちゃん。何があったんだ」
たけちゃんと呼ばれた中年ディレクターは、少し考えながら話し始めた。
「彼ら達は、神様だよ。正真正銘の神様だ。あの女性は吉祥天さまだ。あの瞳を見たら真実が直感的に分かったのだ」
「何、もう一度いってくれ。吉祥寺がどうしたって。もしもし、もしもし」
たけちゃんは通話ボタンをオフにした。そしてスタッフにいった。
「さあ帰ろう。神様が世直ししてくれるぞ。これで世界がかわるんだ」
みんな、てきぱきと機材を片づけ始めた。みんな顔がさっぱりしている。

吉祥天の強力な効果はテレビをとおしても効果絶大だったらしい。日本人の心を揺り起こすような美貌は、まさに女神を具現した傑作だろう。
各テレビ局は一斉にロケチームを組んであの不思議な一団の元に走った。国道を集団で歩いているのだが、早々と道々に数々の人々が土下座して拝んでいる。車も完全に脇に寄せてストップしている。グループの後ろには何百人も、白装束をきたお遍路さんや、太鼓を打ちならす宗教団体が付いてくる。

テレビ局は、車でそばまでやってくるのだが、途中でエンジンが止まったり、テレビ機材がおかしくなったりで、そばへ近づけない。この一団が発している、強力な電磁波のせいである。彼らの静電気は尋常ではないのだ。半径百メートルはその影響を受けている。だから、真がそばを通ると時計が止ったり、何かとショートして火花が散ったりするのだ。

身体に電気を持つ生物など地球上たくさんいる。例えば南アメリカの河に産する、長さ約2メートルの電気鰻は三〇〇~八五〇ボルトを現実に発電する。彼ら達の進化は、物理学的にも生物学的にも地球上で起こっている現象の寄せ集めに過ぎない。
しかし、この人間の姿で様々な現象が起こると神様の奇跡に思えるのだ。
真達は、大きめの神社や仏寺があると必ず休憩をとった。そこには何千人者の人々が、神様を一目見ようと集まってくるのだ。

パフォーマンス

真達は、効果的なパフォーマンスをだんだん大規模に展開していた。
羽の生えた、鳥に変態をした子供が、みんなの前で衣を脱ぎ飛んで見せる。もちろん身体の変化は構造的に鳥と同じなので、ワシと同じように自由に飛べるのだ。しかし、それが人間の姿をした子供の場合、まるで天使に思えるのはしょうがない。日本の神様や仏様の中に翼を持つものはいないが今の日本人には違和感はない。
そしてそれは、民衆に対しては効果抜群だったのだ。大きな翼を大きく羽ばたきながら、神社の境内に舞い降りる姿を見た年輩のグループは石畳の上に土下座して、頭を地面にこすりつけている。

「なんまいだ、なんまいだ、ありがたや、ありがたや」
一人がこう念仏を唱えると、回りにいる何百という人々が一斉に土下座を始めた。こんな光景が超望遠のテレビカメラで日本全国に映し出されていた。

東京都麻布にある謎の豪邸があった。この土地に五百坪の敷地の中に立てられている、稲川の自宅であった。回りは高い雑木で囲まれていて、中の様子はほとんど分からないようになっている。この家の地下には秘密の核シェルターが作られていた。今、核シェルターの中には、稲川乱造と赤城、そして立木がいた。

「馬鹿騒ぎが地上では起こっているな」
稲川乱造は苦い声でいった。立木も、モニターの前に座っている。
「彼らは、世界中で出現しています。宗教を利用したうまいパフォーマンスです。彼らみたいな変種が地上に現れると、現在の社会機構では警察などの防衛機構が関知して、犯罪者として抹殺されるおそれがあるのを熟知しているからでしょう。いきなり、神という演出を使えば、かなりの時間が稼げます。彼らはすでにウィルスをまき散らしているでしょう。私たちも対策を早く立てねばなりません」
「うむ、その事は赤城に段取りを任している」

立木、少し疑問が出てきた。あの進化種どもの目的は殺人ウィルスのばらまきにある。それはよくわかる。会長がつぶやく。
「まだそのウィルスの効果は不明か。ただ、この芝居じみたパフォーマンスは、誰の指示でやっておるのか。誰かみんなを操っている者がいるのか」
「会長。それは彼らの本能に近い行動だと思われます。民衆に対するパフォーマンスは特別組み立てられたものではなく、その時その時の対応の結果でしょう。ただ心の指導者といえる者がいるのかもしれません」
「ふむ。彼らは自然の営みが生み出したものだ。自然のやることはわからん。私たち人類も自然が作り出した傑作だとおもう。しかしそんな種を自然は滅ぼそうとしている。それも納得がいかん」

「会長。人間の身体にも、似たようなことはあります。人間の細胞はある程度役目を果たしたら死ぬように設定されています。自殺遺伝子とよばれるものです。ただ時折、暴走して死なない細胞があるのです」
「うん。ガン細胞のことだな。そうすると我々人類は地球の中のガン細胞ということか。だからこそ抹殺する必要があるというのだな」
「そう考えた方がわかりやすいでしょう」

阿修羅に変身した立木には、真たちの行動の真意はもっと深いものがあると直感で思っていたのだが、人間の会長には理解できないだろうと考え、会長に調子を合わせている。

神のウィルス

その時インターフォンがなった。
「会長、赤城です。彼らのウィルスの感染者を拉致しています。立木を実験室までよこすように指示して下さい」
「うむわかった。立木行くんだ。滅びゆく定めの人類にも、何らかの道が残されているはずだ。もしかしたら、彼らがばらまくウィルスに対抗して生き延びることが、本当の神の意図かもしれないのだ。立木の出現もプログラム済みかもしれんからな」

立木は黙って立ち上がった。彼も実はそう考えていたのだ。私は神と戦う宿命にある。只の突然変異ではないのだ。神の攻撃を出し抜いて生き延びることこそ、本当の使命なんだと。
彼は、3重に密閉されたドアをぬけ、研究室へ行った。分厚い強化ガラスの奥に赤城が待っている。いよいよ、神の作り出したウィルスに出会うのだ。
情けない顔をした赤城が完全防御のバイオハザード用のビニールスーツを着込んでいる。とんでもない臆病者だ。赤城は阿修羅のことを全然信用していない。しかし、会長には絶対服従だった。

「阿修羅」
赤城は立木を必ずこう呼んだ。
「この奥の部屋に、あの進化種達のウイルスが感染していると思われる人物を監禁している。神たちに接触して、極端に性格が変わったものが数名いたので、憶測だけで確保してきたのだ。残念ながら何度検査してもウィルスは特定できなかった。本当にウィルスは存在するのか」
赤城はいらいらした口調で阿修羅に詰め寄った。
「それでこそ、神のウィルスだ。今の人類の科学力をしてもわからないのはしょうがないことだ」
阿修羅は涼しい顔をして答えた。こんな顔が赤城は気にくわないらしい。しかし会長の命令でもあるので、いっさい逆らうことが出来ないのだ。

もし、ゴッドウィルスの感染者なら、近づけばわかるはずである。阿修羅は、そのままの服装で感染者らしき人物の部屋に入った。入り口には、消毒通路があり、自動的に完全殺菌する仕掛けである。30秒ほど光線とガスで消毒をされる。
それが終わると扉が開いた。感染者らしき人物は、実に温厚で落ち着いた顔をして椅子に座っている。阿修羅はその男に何か話し、肩に手をおいた。その瞬間阿修羅は全てを了解した。そのままその部屋を出た。

出てきた阿修羅を憎々しげに睨み付け赤城は話す。
「その男は現在の所、きわだった負の症状が現れていない。それどころか、非常に他の細胞が活性化しているんだ。このリポーターは慢性の胃潰瘍だったらしいのだが、接触後、自然治癒している。更に薄くなった頭髪が生えてきている。そのほかにも、若返り的な効果が現れているのだ。本当にこのウィルスは殺人ウィルスなのか」
赤城はパソコンの資料を見ながら、疑わしそうに阿修羅に聞いた。

阿修羅は、過去帝釈天と戦った昔のことを思い出すように話し始めた。
「うむ。つまり、このウィルスは急速な細胞の活性化を促すのだ。その結果、本人は若返り、病気は治癒し一時的に非常な健康体になる。しかし、実は急速に命を燃やしていることになる。その後2次症状として常時、脳内モルヒネが多量に分泌されるようになる。そして自然死をする。発病して1年後には死ぬのだ」
「それでは、病気のような苦痛はいっさいないのか」
「そうだ、むしろ幸せになるだろうな。しかし確実に死ぬ」
「さすがに神のウィルスだな。かかりたくなる病気だ」

阿修羅は無造作に研究室に入ろうとした。
「ちょっと待ってくれ。最後に確認したい。阿修羅が神のウィルスに感染するとウィルスの方が変異を起こすといったな。阿修羅のウィルスはどんな症状を起こすのだ」
阿修羅はちょっと考えた。
「厳密にいうと、かかってみないとわからない。前回の戦いはかなり昔のことだったからな。大気の変化もあるし神のウィルスも微妙に変わっているだろう。ただ一ついえるのは、1年後には死なないということだ。どういう変化が起こるにしろ、神と対抗できるのだ。時間がない。入るぞ。何時間かかるかわからないが、俺がOKを出すまで、ここは封鎖しとくように」

赤城は黙り込んで、首を縦に振った。阿修羅は強化ガラスの向こうに消えていった。

世界の神達

世界中に似たような現象が起きていた。キリストがイスラエルで復活したり、モハメッドがよみがえっている。エジプトではモーゼ、ギリシャではアポロンが現れていた。よく考えると、内容が統一していないのだが、宗教というのはいともたやすく、その非合理性を埋めてしまうのだ。
ただ一つ一致しているのは、彷徨していることだ。聖地と呼ばれる場所を目指して進んでいるのだ。特にキリスト教圏の騒動はすごかった。各地で暴動が起き、パニックを引き起こしていた。

エルサレム近郊の丘。つまりキリストが十字架の刑に処せられた地、ゴルゴダの丘に突然、神とおぼしき13人の集団が現れたのだ。キリストらしき人物の頭には茨の冠をかぶっており、そこを動こうとはしなかった。
各国々に、不思議な能力を持つ人物が30人ほど突然現れた。彼たちは真と同じ能力を有していた。要するに生物的なスーパーマンであった。最初は彼らはその地にとどまっていたが、ある一定の時期が来ると、各人バラバラに移動し始めた。

彼らの神々しさと、美しさは特筆されるものであり、彼らは鳥や、獣、虫などと話が出来るように見えた。やはり、身体には強力な静電気が常に帯電しているらしいのだが、それを制御出来るようだった。彼ら達は全て穏やかで、静かだったが誰の目にも、まるでロールスロイスがすごくゆっくり走っているようなパワフルな雰囲気が感じられるのだ。彼らに触れたものや回りにいるだけで、全ての病気が治癒していくのだ。更にどんどん健康になっていき、若返りをしていくことだけは同じだった。次第に彼らを神と呼ぶ人々があふれだした。彼らはそう呼ばれても否定はしなかったので各宗教の聖人達の名前を付けて呼ぶようになった。

世界中のテレビ局と報道機関は我先に、この聖者達を追いかけ始めたのだった。あっという間に世界中は大混乱の渦に巻き込まれた。しかし、世界中はこれまで、人類が経験したことのない、至福の時代が訪れていた。
世界中のジャーナリズムは、最初面白がって、こぞってかき立てたが、半分は辛辣な事ばかりだった。しかし、3ヶ月もするとその影響力は驚異的なものとなった。神達の回りに行くと、確実に病気が治るのだ。エイズもガンも見る見るうちに治癒するのだ。これほどの奇跡が、現実に起こっている。

世界各国は一斉に本格的な調査に乗り出した。各国政府の諜報部隊は秘密裏に盛んに動いていた。しかし、人類よりも優れた能力がある集団というだけで、それ以上は憶測のみで何一つわからなかった。神々がばらまいているウィルスは現在の医療レベルでは発見すら出来ないのだ。

しかし、全ての世界の人々が歓迎しているのではなかった。悪意を持った集団がたくさんいるのだ。至る所で神々に対するテロが頻発した。アメリカにも神々の一族が出現していた。30名者もの天使達の一団はカリフォルニアからニューヨークを目指していた。彼らは全て背中に大きな羽が生えている。彼らが進んでいく道は大騒ぎになっていた。
ある時、テロリスト一団が車で神々の列へつっこんできた。ところが50メートル手前でエンジンがストップしてしまった。そのままだれも出てこないので警官がおそるおそる車のドアを開けてみると、中にはあらゆる毒虫におそわれた、テロリスト達が3名息絶えていたのだ。

神々は虫や鳥、動物達と自由に交信が可能なのだ。神々にはテロリストの来ることは、すでにわかっていた。虫達は神々の指示通り、車についている様々なコードを食いちぎり、サソリや、蜂、毒蛇などは車の中のテロリスト達に一斉に襲いかかったのだ。つまり、神々は人間以外のあらゆる生き物からガードされていたのだ。
人類は人間以外の動物達の本当の恐ろしさを知らなかった。イヌの嗅覚、虫の飛翔力、毒を持った生き物、これらが神の意志で統一された動きをすると、強力な軍隊さえひとたまりもないのだ。ハイテク機器は、コードを小型の昆虫に全て切断され使いものにならなくなってしまう。考えてみれば死を全くおそれない動物達の攻撃など人類は今まで考えたことなどなかった。そんな動物に守られた神々を攻撃できる人間などいやしないのだ。
神々に悪意を持っている人間達は、秘密のうちに行動不能になっていたのだ。

アフリカ、ヨーロッパ、中近東、アジア、ロシア、日本、オーストラリア、アメリカ、中南米、あらゆる文化圏で彼ら達は突然現れ、わずか3ヶ月でその影響力は絶大なものになった。
現在まで紛争が絶えなかった、アフリカ、中近東、東ヨーロッパなどの国々に現れた聖者達はいつのまにか、紛争を集結させてしまった。聖者達が通るだけで、あらゆる兵器が使用不可能になってしまう。さらに自然に戦闘能力が衰えるのだ。次第にだれも武器を持つものがいなくなった。神々達は現在も行進を続けていた。
そしてその神々の数は正確に666人だった。

阿修羅ウィルス

阿修羅は、次の日研究室から出てきた。インターホンで赤城に連絡を取った。
「阿修羅か、どうだ成功したか」
阿修羅の声が弾んでいた。
「いいか、これから各国の女性達を出来るだけ多く集めるのだ。なるべく美人で健康的な女性をだ」
突然の申し出に赤城はびっくりした。
「何をする気だ」
「いいか、私の身体で変異したウィルスは、空気感染しないのだ。なぜかわからないが、変異の段階で伝染力が極端に落ちるのだ。だから性交による精液の感染しか方法がない。これから私は、種馬のように女性にこのウィルスを感染させるために性交を繰り返す。私のウィルスは卵巣が好きなのだ」
「おまえ一人でか」
「大丈夫だ、私の体力と性交能力は無限に近い。一晩で百人の女と寝ることが可能なのだ。その女が男と性交をすれば、その男達は必ず感染する。私のウィルスには強力な淫行増進の作用がある。感染が起これば必ず性交せずにいられなくなるのだ。鼠算という奴だ。あっと言う間に感染者は増えていくだろう。時間がもったいない。さあ、会長に頼んで女達を準備するのだ。これからが本当の戦いだぞ」
赤城は、半信半疑ながらも会長の元へ走っていった。

そのころ稲川は自分の企業グループだけでこの問題を処理することは不可能だと決断し、世界のトップシークレットと会談を繰り返した。しかし、もうすでに神々のウィルスは政界にも蔓延しているらしく、まともに話せる人物はいなくなっていた。稲川は神のウィルスの感染力のすごさを過小評価していたことを改めて認識したのだった。

阿修羅が性交渉を持った女性達は確実に阿修羅ウィルスを感染させられた。もともと美人ばかりだったが、感染後にはその美しさにひときは磨きがかかっていた。彼女たちに誘われて断る男性など世界中にだれも存在しないだろうと思われる。彼女たちは稲川の指示により世界中に配置された。
彼女たちと交渉を持った男性は、確実に感染した。感染した男性は、保菌者になりそれをまた他の女性にうつしていった。阿修羅の言うとおり、発病後すぐに強力な淫行作用が感染者には現れ、何人もの女性と飽きることなくセックスを続けていくのだ。阿修羅の計画は順調に進んでいた。

醜悪な変身

赤城はどんなことがあっても、このシェルターから一歩も出なかった。極端に臆病なのだ。ひとりで3重に扉をつけた無菌室で暮らしていた。元々変わり者だったが、最近は特にひどくなってきたようだ。
夜が来て、完全に除菌された、レトルトカレーを食べ終わると、一人で定位置のソファーに座り、テレビをつけた。このまま、ブランディを飲みながら眠たくなるのを待つのだった。

阿修羅がつれてきた全ての女性と性交を持ち、全て送り出して、今のところするべき仕事はなかった。赤城は、うとうとしはじめた。いつの間にか眠ったようだった。
夢を見ていた。美しい女性が現れた。彼女は彼にまとわりついてきた。強烈な刺激が下半身をおそった。赤城は彼女を抱きしめた。彼女はいやがるそぶりは見せず、積極的に赤城の言いなりになった。赤城のセックスはまるで中学生のマスターベーションと同じだった。一気に絶頂を迎えそのまま果てた。

彼女は静かに去っていった。
はっとして赤城は目が覚めた。あまりにも、リアルな夢だった。ふと見ると、赤城はズボンを脱いでいた。赤城は血の気が引いた。今のは現実なのか、夢なのか全く判断つかなかったのだ。これは阿修羅の仕業なのか。ドアは開いた形跡がなかった。

赤城の件は阿修羅の仕業だった。阿修羅にしてみれば朝飯前のことだ。感染者の変化を身近に見るための実験動物として赤城に感染させたのだった。

赤城はその朝、阿修羅の前に顔を見せなかった。2日目、阿修羅の部屋に赤城が現れた。その表情は、脂ぎっており、極度の興奮状態にあった。
「阿修羅、貴様は俺に感染させたな」
すごみのある声で阿修羅の胸元をつかんだ。
「知らないな。おまえが勝手に感染したんじやないか」
「うるさい。俺の人生がめちゃくちゃだ。最初からお前のことは気にくわなかったんだ。悪魔の言うことなんか聞いちゃいけなかったんだ。殺してやる」
赤城は隠し持った、医療用のメスを阿修羅に斬りつけた。
阿修羅は少し身体を傾けただけでかわす。トンと、赤城の手首をたたいた。赤城のメスはいとも簡単に床に落ちた。

阿修羅は赤城の襟をつかんで 耳元でささやいた。
「このままだとどっちみち死ぬことになるんだ。すぐは死にたくないだろう。俺の言うとおりすれば長生きできるんだ」
その声に赤城はがっくり首を垂れた。
「わかった・・・」
情けない声だった。阿修羅は続けて話す。
「赤城、女が欲しいんだろう。わかってるよ。町へ出て、片っ端からやってこいよ」
「ああ」
赤城は、夢遊病患者のようにシェルターの出口へ向かった。

阿修羅がばらまいたウィルスは、各人に様々な変化をもたらした。最初は淫行作用により、エネルギッシュになるのだが、4日目あたりから身体に変化が出てくるのだ。それは、本人が気絶するくらいおぞましい姿だった。
コウモリの羽が生えたもの。頭にヤギの角が生えたもの。人間の身体に獣の姿が映し出された、異様な姿ばかりだった。
まさに悪魔の姿だった。ウィルスの作用は基本的には神のウィルスと同じなのだが、その姿が人類の美意識と反対の方向にあるのだった。どんな神話に出てくる怪物よりも、おぞましく醜い姿だった。これが、すぐに死なない代償なのだ。しかし、変身したもの達は、気が狂ったように騒ぎ出した。実際に狂ったものもいた。街にはおぞましい悪魔の姿をした生き物が出没するようになった。

そして世界中でも同じ現象が起きていた。全ての宗教は、神に対抗する怪物達が必ず存在していた。その姿が、まさに現実となっていた。人類は恐怖の坩堝にたたき込まれた。まさに人類と悪魔の戦いが展開されたのだ。人類は怪物達が現れたことにより、人類史上一致団結をした。そして、神々の存在を完全に認めたのだった。

悪魔の姿に変身した一団は群をなして移り住んだ。姿は異様でも、中身は人間である。食事をしなくては生きていけないのだ。しかし、この姿では普通の店では食べ物を売ってくれるものなどいなくなった。彼らは仕方がなく、徒党を組み夜に食料店をおそったのだ。
毛むくじゃらの狼男、コウモリの羽が生えたドラキュラ、蠅男、まさに恐怖の怪物達が食べ物を求めて闇夜を闊歩したのだった。

トカゲ男

赤城はフラフラと電車に乗り新宿まで出てきた。空は青く、ウィルスのことなど誰も気にしていないようだった。相変わらず、人は波のようにあふれ出てきて、どこかへ押し寄せていっている。赤城の目はうつろだ。
阿修羅の言葉が耳鳴りのように、残っているのだ。自分の生死など今まで考えたことがなかった。ゆるゆると回りを見渡すと、こいつらは一年後みんな死んでいくんだ。そんな妄想が実際に沸いてくる。

ふと、目の前を若い女性が通った。条件反射のような性欲がゴンとわいてくる。無意識のうちにポケットの財布を確かめる。確か50万ほどつっこんできたはずだった。厚みで、確認する。これまで赤城は女にもてた事など全くなかった。女は金で買うものなのだ。今32才なのだがそう信じ込んでいるのだ。赤城はフラフラとミニスカートの後をついていった。

3時間後、ラブホテルから赤城は一人で出てきた。
「ちぇ、10万も取りやがって」
唾をペッと道にはいた。
「しかし俺はセックス王に生まれ変わったようだ。阿修羅のウィルスがきいてきたようだな」

赤城はこれまでの自分の情けないセックスに極度の劣等感を持っていたのだ。短小、包茎。これまでの人生で一度たりとも、女を征服することなどなかった。金を出したうえ、あまりの早さにいつも、せせら笑いを浴びせかけられたのだ。それ故、ほとんどがマスターベーションで性欲をするのが常だった。しかし今回は違った。自分の身体にエネルギーが無尽にわいてくるように感じるのだ。赤城は生まれて初めて性行為で征服感を味わっていた。

今までの赤城とは一変してしまった。自信たっぷりに、女を品定めするような目つきで歩いていく。
赤城は秀才だった。中学、高校、と彼の学力にかなうものはいなかった。ただ、優等生にありがちな、女性恐怖症の一人だった。東大に楽々パスした秀才でも、学歴に反応しない女は必ずいるものだ。何気なく知り合った、純情そうなお嬢さんから、初めてベットを共にしたとき、緊張のあまり、ズボンを脱ぐ時に射精したのを見られてしまったのだ。彼女は、純情そうなだけで男性遍歴は、そこらの娼婦より上だった。彼女は、ばつの悪そうな顔をしてブリーフの前を精液でぬらしている赤城をみるなり、屈託なく大笑いをしてしまったのだ。それ以来、赤城は金でしか、女と接することはなかった。そんな自分が女を失神させることが出来たのだ。彼の心はいきり立っている。

二日間の間、女を見つけてはセックスを続けた。50万の金はあっと言う間に使い果たし、自分の口座から何百万かおろして使っている。赤城は金持ちなのだ。
「俺は生きている」
彼はそうつぶやいた。これまでにない幸福感と、満足感を腹一杯満喫しているのだ。疲れはほとんどなかったのだが、ふと足下がふらついた。ほとんど2日寝ていないことに気づいた。こまれでにない上機嫌で高級ホテルへ向かった。

どのくらい眠ったのだろうか。赤城は、日の光を感じて目が覚めた。いつもより、強烈な光だった。時計を見てみるともう朝の10時だ。やけに頭が重い。昨日の爽快感がなかった。
なかなかベットから起きあがれなかった。やっとの事で起きあがる。洗面所へいく。鏡を見て、くらりときた。
「ぐぐぐっっっ・・・」
そこには赤城のいつもの顔がないのだ。のっぺりとした緑色っぽい鱗のような皮膚。目は極端に離れ、鼻はつぶれたように穴だけが見える。口はぱっくりと大きく裂け、舌がちろちろと動いている。蛇かトカゲの顔だ。
手を見てみる。なんと鱗がびっしりだ。赤城はあまりのことに、その場で失神してしまった。

ドアをノックする音で我に返った。がちゃりと音がして、人が入ってきた。掃除のおばさんだった。もうチェックインしたと勘違いしたようで、そのまま洗面所へ入ってきた。いきなり赤城と顔を合わしてしまった。
ホテル中に響きわたるような悲鳴がとどろいた。赤城は部屋から飛び出した。どたばたしている割には動きが素早い。ホテルのあちこちで悲鳴が沸き上がる。赤城はタオルを頭からかぶり命がけで逃げ出した。

神々の肉と血

新宿は人が多すぎて、奇妙な格好をした赤城を気にする人などいなかった。赤城は必死で人目をさけながら人のいないところを必死で探した。
「阿修羅の奴め。だましやがったな。こんな化け物に変身するなど一言も言わなかったぞ。そうだ。彼奴なら元の姿に戻れるに違いない」

赤城は麻布のシェルターまでどうやって帰ろうかばかり考え始めた。一時間ほどうろうろしたが、だんだん背骨が曲がってくるような感じがする。頭の中は、阿修羅へ罵倒ばかりが続く。頭の芯が痛い。だんだん化け物に変化していくようで、涙が出てきた。
「こんな化け物になりたくない。死んでもいいから人間に戻りたい」
全身にぎしぎしと痛みが走る。
「阿修羅の奴、殺してやる。八つ裂きにして喰い殺してやる」
赤城は半分トカゲの化け物になったまま、公園の隅にうづくまってしまった。

どこをどう走ってきたのか、あまり覚えていないのだが、やっと見覚えのある会長のシェルターのある場所まで来た。会長宅の玄関には、環視カメラがついており、腕利きの警備員がいるはずだった。この姿で現れたら、直ちに射殺されるのは間違いなかった。さきほどまで月が出ていてあたりを照らしていたのだが、むら雲が急に月を隠してしまった。赤城は警備のうすい2メートルほどの壁を軽々とジャンプした。

庭木の茂みに隠れるとそのまま四つん這いで、シェルターの入り口まで素早く移動する。二本足で立つより、四つん這いで行動する方が敏捷になってしまっているのだ。入り口までたどり着いたが、ここは声紋と指紋のオートキーになっており、今の赤城では入るすべがなかった。赤城ははいつくばったまま、入り口から動こうとしなかった。阿修羅が出てくるまでここで待つ覚悟を決めたのだ。
そう考えて、隠れ場所を探そうとしたときである。いきなりシェルターのドアが開いた。
「赤城か。待っていたぞ。中に入いれ」
阿修羅の声だった。赤城は言われるままにシェルターの中へ飛び込んだ。

無菌室に赤城と阿修羅がいた。分厚いガラスのぞき窓がありそこには会長の顔が見える。赤城は苦しそうに立ち上がっている。しっぽが生えてきているので、二本足ではバランスがとりにくいのだ。しかし、自分は人間だという思いだけが消えないのだ。
「阿修羅、よくも騙してくれたな。俺はお前を喰い殺すことだけを考えてきたのだ」
赤城は今にも飛びかかろうとしている。
「まあまて、赤城。会長も見ているんだぞ。お前の変身がこんなに早いとは思わなかったが、トカゲ男とはな」
くっくっくっ、阿修羅は思わず笑ってしまった。その笑いは美しく、そして残酷だった。

「きさまー。殺してやる。いや、その前に俺を元の姿に戻せ」
阿修羅はあくまでも優雅に答える。
「赤城、お前は姿こそトカゲ男だが、もう1年後に死ななくていいんだぞ。それに常人にはない能力を身につけた。普通の人間などお前にかなうものなどいないんだ。それと、頭の中は人間のままだし、完全にはトカゲにはならないんだ。私のウィルスは、どうもかかった人間の性格がどうも全面に出てくるらしい。トカゲの能力と姿を得たのはお前自身の問題なのだ」

うーと赤城はうなったままだった。阿修羅はまだ続けた。
「赤城、お前は俺の分身でもあるんだ。俺の言う事を聞け。いいことがあるぞ。しかしどうしても元の姿に戻りたかったら、私の力ではどうしようもないのだ。たった一つだけの方法は、神々の肉を喰らい、神々の血をすすればいいのだ。まあ、これはお勧めしないけどな」
阿修羅はそういうと、タバコを取り出して火をつけた。旨そうに煙を吐き出す。赤城は黙ったままだった。
「よく考えるんだな」
そういい残すと部屋から出ていった。赤城はじっと考えたままだった。そしてぽつりとつぶやく。
「神々の肉と血だな。そうすれば戻れるんだな」
赤城は四つん這いになって、部屋から出ていった。

進化の真相

会長の稲川は、細長いのぞき窓から部屋を出ていく赤城を見つめていた。その目は悲しみに満ちていた。そしてその横に、美しい阿修羅がいた。彼の目は恐ろしいまでに澄んでいた。

阿修羅と会長は特別室にいる。50坪ほどの室内は、イタリア製のロココ風の調度品で統一されている。様々な装置が付いてあり、地上で何があっても、5年は暮らしていける様になっている。稲川は、革張りの椅子に腰を下ろしている。目の前には阿修羅が座っていた。

「阿修羅よ。少し私の話を聞いてもらえないだろうか」
ブランディを口に持っていきながら阿修羅は静かにうなずいた。稲川は考え考えながら淡々と話し始めた。
「私は老人だ。様々な延命処置を受けているが、もう少ししか生きないだろう」
稲川の身体は、現代医学の粋を集めて生体移植をおこなっている。
「私は私なりに考えてみた。神とお前のことをな。私は、まだ若い頃、戦争を経験している。一兵隊として中国大陸にいたのだ。その時、数多くの人間を殺した。もちろん戦争だからだ。その時、私は自分の中に悪魔がいることを知ったのだ。人間はいとも簡単に悪魔になれるのだ。こんな生き物が地球上にいるだろうか。そう、人間だけだ。だが、私は思ったのだ。人間は進化の途中にあるのだと。まだ未完成だから、愚考を起こすのだと。そして私は、自分の生きているうちにその証を見てみたかった。しかし結局見つけることが出来なかった。阿修羅よ、人類は進化することはないのか」

阿修羅は静かに答える。
「進化とは何でしょうか。よりよいものに変わっていく事だったら、間違いでしょう。ダーウィンの言うとおり適者生存という法則が生物に当てはまるのなら、弱いものや不適合な生物はもう淘汰されて生まれてこない事になります。しかし、現実には病気の生き物や、弱いとされる生き物も相変わらず生まれてくるのです。人間は原始時代から生活のレベルを上げてきたように思われています。しかし、なぜ人間だけが文明を持ち変わっていったのか。確かにそこが問題だったのです。
地球は、星が誕生してから何度も生命を作り出していっています。そしてそのたびに絶滅させている。なぜでしょうか。それは遺伝子しか知らないことです。生物の誕生と言っても、いきなり現在のような生物が誕生したわけではないのです。ビッグファイブと呼ばれる大量絶滅。言い換えれば、さまざまな進化の塊があったのです。
なぜ生物は創造されて、滅んでいったのでしょうか。今までは何がだめだったのでしょうか。それを知っているのは遺伝子だけです。遺伝子はある目的のために、静かに考えを実行しているのです」

乱造は、目を伏せじっと聞いていた。
「ダーウィンの進化論は残念ながら根本から間違っています。大脳新皮質の異常な発達で人類は現在の姿にたどり着きました。後の人間はその変化を進化と呼びました。しかし、進化などはどこにもありません。全てが刺激による変化に過ぎなかったのです。変化を進化とは言いません。遺伝子は、無限の組み合わせがある命という実験場で、偶然にたより、組み合わせのサイコロを振り続けているのです」
「なぜ、ウィルスはサイコロを振るのか」
「それは私にもわかりません。ウィルスはある目的の目が出るのをまっているのかもしれません。カンブリア紀の生物も、恐竜も、そして人類もウィルスの振った目のためにうまれ、次に振った目のために滅んでしまったのか。そこには何の脈略もないのか。この世界は原因があって結果が生じているはずです。神の遺伝子の復活は人類への罰のためでしょうか。
確かに、神の種は人類の自殺因子なのかもしれません。人類という突然変異種を駆除するための地球の防衛本能の具現だとも思えるのです。しかし、それだけでは根本的な理解だとはいえないでしょう。人類ががん細胞のように暴走し始めたので駆除されるのか、それとも人間は必然の結果、今の文明を築き、役目を終えたのか。どちらなのかはこれからわかることです。
その人間の役目とは何かというのはこれからわかるはずです。どちらにせよ、遺伝子はもう一度サイコロを振るつもりなのです。我々がもしこの世界で生き延びることが出来たとしたら、それもまた運命なのかもしれません」

「阿修羅よ。遺伝子は神なのか。創造主なのか」
「遺伝子は設計図に過ぎません。その設計図を描いたものこそ創造主でしょう。宇宙を誕生させ、星を作り、そして地球に生命を誕生させた。深い理由があるのかもしれませんし、ただの気まぐれかもしれません。その理由はわかりません」

擬態

長い話だった。
阿修羅は静かにブランディグラスをテーブルにおいた。稲川は、黙ったまま目を閉じていた。阿修羅は出ていこうと立ち上がった時、稲川は尋ねた。
「赤城はどうなるのか」
阿修羅は振り向きもせず答えた。
「赤城は、神々の元へ行くでしょう。そして神々を殺そうとするでしょう。昔から、神と悪魔は戦うものと決まっているのです」
「そうか。それが神と悪魔の本当の関係だったのか。哀れだのう」
「まさか、神の肉を喰えば元に戻れるなんて言うジョークを信じてはいないと思いますが」
阿修羅はニヤリと笑った。そしてクックックッと声を出して笑った。だんだん笑い声が大きくなる。美しい声で大きく笑いながら阿修羅は部屋から出ていった。

世界中はパニックに陥った。醜い悪魔たちが地上に現われたのだ。今まで宗教の中にいた悪魔達がどんどん現れてきた。アジア、ヨーロッパ、アメリカ、中東、南米、オーストラリア、アフリカ。すべての地域に、神のウィルスと阿修羅のウィルスが広まった証拠である。
グローバルパンデミック(世界流行)だ。14世紀にヨーロッパで流行した黒死病(ペスト)、19世紀から20世紀にかけて大流行を起こしたコレラ、1918年から1919年にかけて全世界で2500万人が死亡したスペインかぜをはるかにしのぐ大流行だった。

世界中でほぼ同時に起こった神々の出現と、神のウィルスの伝播はすさまじい勢いで広がっていった。しかし、そのおかげで人々は健康になり、戦争もストップしたままになっている。まるで蝋燭の火が、消える前に一瞬、大きく輝く様に似ていた。

しかし阿修羅の誕生は、日本だけだった。阿修羅はまさに特殊な存在だったのだ。しかも性行為でしか感染しない伝播性の低いウィルスしか持っていない。
なぜ、極東のアジアに神のウィルスに対抗できる、抗体ウィルスを持つ生命がいるかという疑問の答えはない。ただ、日本の神の集団がはるか古代より、天皇家と同じ、男系で子孫を存続させてきた事によるのかもしれない。天皇家は古代の神の集団の秘密を知っていたに違いない。それゆえ万世一系という方法を取ったと思われる。純血の流れは濃く遺伝子を伝えていく事になる。それ故に阿修羅が誕生したともいえる。
それは、人という生き物にある集団的な生存本能の成せる現象だったのだろう。他人を食い殺しても自分だけは生き延びたいという、執着心の具現だったとも言える。それは人の遺伝子の欲が生み出した、たった一本の蜘蛛の糸だった。その蜘蛛の糸を頼りに人は登り始めたのだ。

そして世界唯一の阿修羅ウィルスは、見事に鼠算式で増えていった。最初は7人ほどだった阿修羅ウィルスキャリアは、6ヵ月後には約500万人なる計算だ。
人類は、爬虫類が苦手だ。虫もそんなに好かれてはいない。それは、人類が生まれたての頃の恐怖が、原生意識として脳に刷り込まれているからだ。悪魔などの姿形がそれらの形態をベースにしていることが顕著に表している。

阿修羅のウィルスに感染したものたちは、個人差はあれ、2~3日は、淫行作用が働いて活力がアップする。その期間が終わると急激に変身する。規則性はないんだが、どうも自分の一番苦手な生き物がベースになっているようだ。何も知らずに、阿修羅ウィルス感染者と性交した人は、ある朝突然、自分の嫌いな生き物に変身するのだ。

実はこれにはちゃんとした理由があった。異様な姿に変身するのだが、これは擬態である。擬態とは昆虫などが敵におそわれないように姿を変えていることである。
人間というのははっきりとした天敵がいない。しかし、本能的に人間が恐怖に思っているもの、それが爬虫類であり、昆虫だ。更に哺乳類でも、狼、熊、など、更に鳥類など、阿修羅ウィルスは人間が、怖がるものを関知して擬態という反応を起こす。これが変身の理由である。
これにより、人間の攻撃をかわそうという本来の意味があるのだが、変身した人間は、自分の異様な姿に仰天してたえられずに錯乱状態になってしまっている。しかし、中身は人間である。食事も生理機能も人間のままだ。化け物のような姿の者達に、冷静に対応できる人などはいなかった。

日本では銃は持てないので、警察が見回りしたり、自営団などが結成されて、戒厳令などが敷かれたりしていた。外国はもっと直接的だ。悪魔のような化け物に容赦なく銃をぶっ放した。その結果、悪魔達は次第に組織化していき、食料調達など夜、何人かで略奪したりした。
闇に紛れて、集団で行動する異形の集団はまさに悪魔そのものだった。また、変身後は生命力など強力になり、多少の悪条件でもしぶとく生き延びる。銃で撃ってもなかなか死なない悪魔達を見て人間達は完全にパニックに陥った。

悪魔狩り

外見がトカゲに変身している赤城はいつの間にか、大きな集団のリーダーになっていた。下水道や地下鉄などに隠れ住んでいるのだが、その頭脳は変身後も変わりなかった。彼はまだ人間に戻ることをあきらめてはいなかった。
事ある度に「神の肉を食え、神の血をすするのだ。そうすれば人間にもどれるぞ」そう叫んでいた。
人間に戻れるという噂は、世界中の悪魔に変身した者達にあっと言う間に伝わった。あちらこちらで悪魔は集団化して、神々をねらい始めたのだ。

ある時、ヨーロッパの教会に住んでいた愛くるしい子どもの天使を、厳重な警護をぬって、十人ほどのコウモリやゴキブリ、狼などに擬態した悪魔達がおそった。警備の人間が駆けつけたときには、悪魔達が天使をバラバラに食いちぎって、その肉を食べている最中だったのだ。
その時テレビ局の撮影隊がその姿を撮影した。警備員達は、教会の中で天使がおぞましい姿の悪魔達に喰われいてる姿を見てヒステリー状態になった。教会の中で散弾銃をぶっ放し全ての悪魔達を撃ち殺したのだった。その一部始終がユーチューブでアップされた。
この映像は世界中に衝撃を与えた。ハルマゲドン到来と全てのメディアが声高く報道した。

今世界は、神の出現で奇跡的な平和を迎えているのだ。神のウィルスによる死亡者はまだ出ていない。もし死亡者が出始めても今の科学ではウィルスさえ発見できないだろう。戦争も終結し、悲惨な病気が今のところはないのだ。こんな天国のような時が来ることなど人類は考えたことがなかったのに、現実にやって来たのだ。最初は半信半疑な人々も大勢いたが、今では神の時代であることを疑う者などいなかった。
しかし、はっきりと悪魔が敵であることを認知したのだった。悪魔は神を狙っている。悪魔はこの世をまた不幸な地獄へ舞い戻すために出現した。そう全ての宗教者は熱く叫びだしたのだ。

遂に本格的な悪魔狩りに各国は動き出した。神は放浪というウィルスをばらまく作業をまだ続けているが、狭い地域ではその任務が終了して、放浪せずに教会や聖地でとどまっている者達も多かった。彼たちは座禅を組み、または横になり命の終わりを静かに待つだけなのだ。
人間たちは、軍隊を総出動して悪魔狩りに行動を起こした。悪魔たちも必死だった。しかし人間たちは悪魔たちの攻撃に容赦はなかった。軍隊は、今ある最強の武器を装備して、悪魔のすみかを攻撃した。戦車や、火炎放射器、さらにはジェット機やナパーム弾など全く容赦をしなかった。

悪魔達は、一方的にやられてはいなかった。変身の時に得た特殊能力が人間の攻撃をうち破るときもあった。武器を奪い逆に、軍隊を滅ぼす悪魔達が出始めたのだ。何せ、爬虫類や、昆虫、動物の能力は超能力に等しい。最新の科学力を誇る軍隊さえ、裏をかかれるのだ。
世界中は増え続ける悪魔達に翻弄され、少数の神をおそわれては殺されてしまった。神の能力は悪魔達をうわまわっていて、そう簡単には悪魔の餌食にはならないのだが、役目を終えた神々は何故か無抵抗なのだ。何も抵抗せずに目をつぶつているだけだった。
神は666人以上増えなかった。それどころか、悪魔の襲撃であちらこちらから、殺され食べられた者が少しづつ出てきた。悪魔は確実に増え続けているのだ。
人類はこの事態に恐れおののいたのだ。

スサノオ

帝釈天に変身した真は、東京の皇居の東御苑に座っていた。回りには真の一族たちが思い思いに座っている。この場所に入る時、天皇陛下からの命令で皇宮警察は整列して敬礼したという。帝釈天一行について回っていた民衆は、皇居の中に入ろうとせず皇居の周りを十重二十重に取り囲み静かに座っている。

皇居の森の中から一人の大きな男が現れた。その後には何人かの神々と思われる集団が付いて来ている。静かに帝釈天の前に立ち口を開く。
「スサノオと申す」
スサノオの後ろにいた女性がずいと前にでる。
「卑弥呼でございます」
他の神々を見れば、日本古来の衣装を身に着けている。

「帝釈天である」真は静かに答える。
卑弥呼に後ろにいた、やや張り大柄で鼻が伸びた男が口を出す。
「猿田彦です。帝釈天様がおいでになるのをお待ち申していました」
帝釈天は静かにうなずく。
「そなた達も復活していると思いたずねて来た」
スサノオは軽く頭を下げる。
猿田彦が続ける。
「大和族は2000年以上神の血を絶やさずに来たおかげで、復活する事が出来ました。そして、その血の中からスサノオ様、卑弥呼様、それ以外にも大和の神々が復活しました。遺伝子というもののせいだと教えてもらいましたが、私どもは難しい事はわかりません。ただ、復活した意味はわかります。私たちは人々の最後を導くものとして再び現れたのです」

卑弥呼が口を開く。
「ただ、阿修羅というものが生まれたという意味がわかりませぬ。古来よりあの者は大和の地にはいなかったと存じますが・・」
真一族の吉祥が話す。
「阿修羅は特別でございます。元は神の一族ですが、西洋の地で生まれたと聞いております。そして私たちの役目を妨害する為だけに血を保ち続けたらしいのです」
「人の生きる欲望の現われなのだ」
初めてスサノオが話す。
「人はなぜ生きているのか知らぬ。それ故に生きる執着がすさまじいのだ。その執着が阿修羅というものを生み出したのであろう」
「そうじゃ、もしかすると私たちを滅ぼす力さえ持っているかも知れぬ。あのものの力を知っているのはミロク様だけじゃろう」
「そう、ミロク様だけがすべてを知っているのだ。われらは考えてはならぬ。人のさだめも星のさだめも、われらの手の届かぬところにある。ただ、人の執着は恐ろしい怪物を生み出す。あの八岐大蛇も人の思念が生み出した化け物だった」
スサノオは昔を思い出したようだ。

猿田彦は一行を見てたずねる。
「皆様方はこれからどちらに行かれるのですか」
「うむ、大陸に戻る。私たちの血の元はインドあたりだという」
帝釈天とスサノオはお互いに軽く会釈をする。
その時、猿田彦の顔が険しくなった。

悲劇の始まり

回りの木の茂みや端の影になにやらうごめいている気配がある。
「化け物どもの匂いがするぞ」
スサノオは低くつぶやく。

ガサガサと回りの垣根がざわめく。ブンと風が吹き上げる。
いつの間にか、伊達なスーツを身にまとっている阿修羅がいた。涼やかな瞳の奥には冷徹さを隠しきれない色がある。
「いやはや、大御所が二人そろっていますな」
そういいながらスサノオに近づく。
「はじめて見る奴だな。貴様が阿修羅とかという化け物か」
スサノオの低音の声に、きな臭い気配が立ち上がる。

ひょいと阿修羅は後ろに飛びのく。
「スサノオさんよ。別に戦おうと思ってきたわけじゃないんですよ」
おどけた口調で後ずさりをする。
「お二人を見たかったんですよ。神様ってやつをね。人類の敵がどんな顔をしているかと思ってたんですよ」
そういい終わらないうちに右手でパチンと指を鳴らす。

茂みのざわめきが影に変わる。その影たちが吉祥とアメノウズメに向かってくる。天手力男命と毘沙門天がその間に入る。バキッという鈍い音が複数する。足元に猿のような奴とカラスのように羽の生えた生き物が転がっている。天手力男命のこぶしと毘沙門天の剣が同時に化け物たちを叩き潰している。

「おっと、見たか。赤城よ。まともには戦わないほうがいいぞ」
笑いながら阿修羅は逃げていく。阿修羅の足元にいた赤城は、呻きながら阿修羅のあとを追っている。
「また会おう」
阿修羅の声が遠くから聞こえる。その阿修羅を追って影たちが遠ざかっていった。

何事もなかったようにスサノオは皇居に向かって歩いていく。大和の神々もその後に続く。いつの間にか帝釈天たちもいなくなっていた。

2016年7月。
アメリカのワシントンでホワイトハウスが深夜、かなりの数の悪魔達に占領された。このニュースはすぐさま世界中に知れ渡った。そのテレビの中でトカゲ男が指揮を執っている様子が映し出された。テレビ局のキャスターはこのトカゲ男が悪魔の親玉であることを強調して伝えたのだ。
これが全ての悲劇の始まりだった。

アポトーシス

誰かが、アメリカのワシントンに標準をあわせている核ミサイルのボタンを押してしまったのだ。狂気のなせる事態だった。そして、それは誰もが夢想していた結末だった。
あまりにも当たり前すぎて、どんな物語にも書かないような単純かつ明快な結末を、人類はあっけなく選択してしまった。しかし、こうなる事は最初からわかっていたに違いない。

どんな戦争も理性で起こされたものなどない。感情が人間の行動原理である。人類が核開発に何故手を出したのか不明である。しかしこの爆弾の壮絶な威力に人類は魅了されてしまった。燃え盛る火の中に飛び込む虫たちのように、わが身を滅ぼしてしまうのも省みず飛び込むもの達の様だった。そしてそれは自分たちを自滅させる事が出来るモノを手にした瞬間でもあった。

人間の体内にはアポトーシスと呼ばれる、細胞を自滅させるプログラムが仕込まれている。核爆弾はまさに自殺遺伝子そのものだった。アポトーシスはプログラムされた細胞の死である。この死があるからこそ生物は、形態変化をすることが出来るのだ。それは、おたまじゃくしの尻尾の細胞は、アポトーシスの作用により死滅し蛙への変化が完成する。細胞が無制限に増殖する事を抑え、人体の生存を手助けする重要な作用がアポトーシスである。
地球という惑星に誕生した生態系の中で、人類の核爆弾はまさにプログラムされた死だったのかもしれない。

あっという間だった。自動的に報復ミサイルが発射された。これまでの緊張事態の続いていた世界だったら、その間違いは直ちに修正され、被害は最少限度ですんだだろう。しかし、今は戦争のない時代だ。誰もが緊張感を失っていたのだ。コンピューターは、報復ミサイルを全世界の主要都市を狙っていた。
さまざまな国の核弾頭ミサイルもコンピューターの自動報復処置として、世界中を飛び回り、きのこ雲を立ち上らせた。日本も何時間か後、核ミサイルが東京に落ちた。続いて大阪、福岡、仙台、札幌も壊滅した。まさに世紀末だった。
放射能汚染はさまざまな動物の息の根を止めていった。悪魔たちも同じだった。神たちもひとたまりもなかった。世界中に雲が張り巡らし、放射能をたっぷり含んだ雨を降らせた。その雨は何か月も、降りやむことはなかった。

地球に命が誕生して初めて、人間たちは自分の力で、地球の環境を変えたのだ。そして、自分たちの力で自分たちの命を絶つ自殺を敢行したのであった。
今まで地球では色んな種が誕生したのだが、自分たちの力でその種を終わらせる事ができる生物の誕生は生まれてこなかった。それが地球の生態系の中で、初めて人類だけが可能にした結果だったのだ。

新世代

朝があける頃には、日本は一変していた。厚い真っ黒い雲に覆われており、朝があけても太陽を見ることは出来なかった。
その時阿修羅は真たちが戻っている富士山の麓の寺院へいた。ここも厳重な警備がしかれていたのだが、人っ子一人いなかった。日本の神たちは、その使命を終えて座禅したまま息絶えている。もはや残っているのは真一人だけだった。
真の使命も終かけていた。後はミロクにすべてを任せればよいのだ。

少女のようなミロクは本堂の奥の段に座禅を組んで座っていた。眠っているのか、死んでいるのかわからない。真はミロクを見つめていた。もう1週間も前から座っているのだ。食べ物も水も、全くとっていない。
どういう形で人類が幕を引くのかはわからなかったが、夜の大音響と地震でこの世の中がもうすぐ終わることを感じていた。ミロクを見つめても、ミロクは何も語らなかった。

真は、これまでの事を考えていた。
初めてミロクの声を聞いたときから、意識ははっきりしていたのだが、考えることが出来なくなっていたのだ。

いつの間にか、一人の女が横にすわっていた。
いや、真はその女が阿修羅だと直感で認識できた。

「阿修羅か?」
真は横にいる存在に気づき、静かに問いかけた。
そこにいたのは、かつての屈強な元傭兵の男ではない。なめらかな肌と豊かな胸、そして生命力に満ちた曲線を持つ、一人の美しく妖艶な「女」だった。

「真、あなたを愛しているわ」
阿修羅の声は、優しく甘い女そのものだった。

「いつから女になったのだ。何故ここにいる。私とお前は敵同士じゃないか」
真の声はだんだん間延びしてきている。もうすぐ命が終わろうとしているのだ。

阿修羅は真の頬に触れ、妖しく微笑んだ。
「闘争のための『オス』である必要が、もうなくなったからよ」

「……何?」
「放射能に覆われたこの過酷な死の世界で、私の体内の抗体ウィルスは最終的な生存戦略に切り替わったの。敵を殺すことではなく、種を残すことへ。両生類や魚類の一部が、生存の危機に瀕した時に自ら性転換を行うようにね。私の細胞は、破壊に特化した無用な肉体を捨て去り、次代の命を育むための『母胎』へと自らを再構築したのよ」

ウィルスの目的は最初からこれだったのだと、真の薄れゆく意識の中でひとつの線が繋がった。人類を終わらせるための神のウィルスと、それに抗う阿修羅のウィルス。敵対しているように見えた二つの力は、より強靭な次代の生命を生み出すための、遺伝子による過酷なテストに過ぎなかったのだ。

「あなたと私は元々一つの命なのよ。貴方は人類という古い種の終わりを告げる役目を果たした。今度は私が、あなたの最も優れた遺伝子を取り込んで、新しい命の源にならなければならないの。これこそが、進化の最終段階なのよ」

その時ミロクは、目を開いた。

38億年前、ミロクはこの星に来た。小さな流れ星にのって、この星にやって来たのだ。元々ミロクは宇宙の意思エネルギーの具象化である。生きるとか死ぬとかの概念などない。
此の星にいる命達も元はエネルギーである。宇宙が突然はじけて、ビッグバンと呼ばれるエネルギーの放射が宇宙に散らばった。
人間の概念からいうと、ミロクはウィルスそのものであった。ミロクの役目は真の遺伝子を転写して阿修羅へ写す事であった。そして其れが、新しい種の源になるのだ。

ミロクは二人に近づいていった。二人の手をつなぎ光り始めた。活性化しているのだ。そして実態が見えなくなった。真の中に進入したのである。
それを確認して阿修羅は真の唇に唇を重ねた。ぴくりと阿修羅は動いた。くちづけをしていた唇を優しくはなす。

阿修羅はうれしそうに口を大きく開ける。真の鼻に食いついた。
真は幸せそうに眠り続けている。阿修羅は鮮血を浴びながら顔にむさぼりつく。ばりばりと軟骨を砕く音が響く。喉元に食らいつく。動脈が破れ鮮血が勢い良く吹き出す。
肉を喰い、骨を喰う。まるで雌のカマキリのように真を食い尽くす。
3時間ほどであろうか。阿修羅は真を食い尽くしてしまった。

そしてそのまま眠ってしまった。阿修羅のお腹が迫り出してくるのがわかった。妊娠しているのだ。阿修羅は幸せそうな顔をして眠っているのだ。神と悪魔の子が生まれるのだ。

遺伝子の旅

人と呼ばれる生き物は、不思議な考えを持っていた。たしか「進化」と呼んでいるもので、よりよきものへの変化を信じていたのだ。
確かに人類にとどまった遺伝子は、ゲノム重複でビット数を上げ、脳というハードディスクの容量を上げ高機能化を果たしている。だがその目的は一つ。人類が人類の命を一瞬で絶つ道具の開発だった。
そして、神という名のアポトーシスを実行し、それに合わせて阿修羅のウィルスで、その核爆弾を大量に発射させ、地球上の大多数の生物を死滅させる計画を実行した。人間の短い歴史の中に合った神と悪魔の記憶の残像が信仰を生み、この計画を成功に導く伏線だったのだ。

遺伝子の目的はバイオ半導体の雛形つくりだった。生物が生きる事でON、死ぬ事でOFF。単体のON、OFFは出力が弱すぎるのだ。
地球上の生物のON、OFFが信号として宇宙空間に発射される。その事で、宇宙は何かしらの事を成し遂げるのだろう。地球は半導体を置く場所であり、地球上の生物はその半導体の一つに過ぎなかったのだ。

生物はしぶとい。すべてが死に絶えたわけではない。微生物や細菌はかなりの数が生き続けている。此の空気は放射能という恐ろしい大気だが、昔生物たちが酸素という恐ろしい大気を吸えたように彼らも適応していくだろう。

阿修羅の陣痛が始まった。体中が蠕動している。しだいに阿修羅の身体は風船のように膨らんでいった。皮膚がぱんぱんに膨らんでいくと、パンとはじけた。

それと同時に小さな小さなモノが霧のように噴出していった。よく見ると、螺旋に絡まった遺伝子の破片のようだ。
無数といえる遺伝子の霧は、放射能の大気の中を風に乗って拡散されていく。生き残った生物に取り付き、取り込まれ、その生物をのっとり進化というサイクルをスタートさせるのだ。
それには気の遠くなる時間が必要だろう。

そして新しい次の時代が始まる。

ペンネーム 海 航潤

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