平等な人生
一人の老人が、家族に見守られながら静かに息を引き取った。
幸せな人生が終わったのだ。
老人の魂は、死者の魂が集う館へと自然に導かれていく。
死を迎えた魂は、誰もがこの館を訪れなければならない。
広い待合室には、すでに数え切れないほどの魂が順番を待っていた。
やがて老人の番が来る。
受付のような机の向こうには、青く淡く輝く魂が静かに座っていた。
老人は、その前に腰を下ろす。
青い魂は一冊の帳簿を開き、穏やかな口調で話し始めた。
「あなたは、生前『幸せカード』をたくさん使いましたね。」
「はい。家族にも恵まれ、とても幸せな人生でした。」
老人は満足そうに答えた。
青い魂は静かにうなずく。
「それは何よりです。
ですが、『悲しみカード』と『苦しみカード』が、まだ数多く残っています。
この世界では、どの魂にも与えられるカードの枚数は同じです。
使わなかったカードは、次の人生へ持ち越されます。」
老人は笑顔を失った。
「ということは……。」
「次の人生では、悲しみや苦しみを多く経験することになるでしょう。
ですが、それも人生を完成させるために必要な時間です。」
老人は肩を落とし、小さくうなずいた。
「……頑張ります。」
そう言って席を立つ。
入れ替わるように、小さな子どもの魂が椅子に座った。
青い魂は帳簿を見ると、少し驚いたように目を細める。
「ほう……。
あなたは『悲しみカード』も『苦しみカード』も、ほとんど使い切っていますね。」
子どもの魂は黙って聞いている。
「その代わり、『幸せカード』がたくさん残っています。
次の人生は、きっと幸せに満ちたものになるでしょう。」
子どもの魂の顔がぱっと明るくなる。
青い魂は続けた。
「神様の前では、すべての魂は平等です。
幸せだけの人生も、苦しみだけの人生もありません。
楽あれば苦あり。
苦あれば楽あり。
すべては巡り、すべては等しく与えられるのです。」
子どもの魂はうれしそうに頭を下げ、次の魂へ席を譲った。
老人の魂は、生まれ変わりへの道を歩いていた。
その先には、小さな穴が一つ開いている。
老人はゆっくりと、その中へ身を投げた。
暗闇の中を落ちながらも、青い魂の言葉が何度も頭の中で響く。
――次の人生は苦しみが多い。
怖い。
生まれ変わりたくない。
そんな思いが心を満たしていく。
しかし、暗闇が深くなるにつれ、その恐れも記憶も少しずつ溶けていった。
魂は静かに浄化され、新しい命となって母の胎内へ宿る。
そして、ある病院の分娩室。
元気な産声が響いた。
「まあ、かわいい赤ちゃんですよ。
こんなに元気よく泣いています。
きっと力強い人生になりますね。」
母親は涙を浮かべながら、生まれたばかりのわが子を抱きしめた。
仕事を終えた助産師はナースステーションへ戻り、同僚とお茶を飲んでいた。
「今日の赤ちゃん、本当によく泣いていたわね。」
「ええ、元気いっぱいだった。」
助産師は思い出したように笑う。
「でもね、昨日生まれた赤ちゃんは、不思議だったの。
泣くどころか、まるで笑っているような顔をしていたのよ。」
「珍しいわね。」
「ええ。きっと生まれる前に、神様から何かうれしいことを聞いたのかもしれないわ。」
二人は笑い、お茶を飲み干した。
そのころ――。
病院の新生児室。
今日生まれた赤ちゃんは、激しく泣き続けていた。
昨日生まれた赤ちゃんは、静かに眠っている。
誰も知らない。
泣いている赤ちゃんは、これから苦しみのカードを使い切るために生まれてきたことを。
笑って生まれた赤ちゃんは、幸せのカードを使い切るために生まれてきたことを。
そして、もっとも大切なことを。
どちらのカードも使い切った魂だけが、
もう二度と、生まれ変わることはないということを。


