核兵器が消えた朝、世界は平和になった……はずだった
もし、ある朝突然、世界中の核兵器がすべて使えなくなったらどうなるだろうか。
核弾頭は残っているが爆発しない。新しく作っても核爆発は起こせない。人類が長年夢見てきた「核兵器のない世界」が、一夜にして実現したのである。
国連では拍手喝采、平和団体は万歳、テレビでは専門家が「歴史的な一日です」と涙ぐむ。政治家は白い鳩でも飛ばすだろう。
ところが、各国の国防省だけは笑っていない。
米国、中国、ロシアが最初にすることは、「世界平和万歳」ではなく、「本当に相手の核も使えないんだろうな?」という確認である。自国の核だけが壊れたのなら一大事だからだ。
人類は核兵器を失っても、疑心暗鬼だけは故障しない。
そして世界中の核兵器が本当に使えないと分かれば、今度は通常兵器による軍拡競争が始まるだろう。
まず米国である。日本、韓国、NATO諸国に「核の傘はなくなりましたが、今後も米国が守ります」と宣言する。しかし核兵器に代わる抑止力が必要になるため、戦闘機、潜水艦、長距離ミサイル、迎撃ミサイル、ドローンなどを増やすことになる。
巨大な棍棒一本を捨てたので、普通の棍棒を一万本買うような話である。
軍需メーカーの株主だけは、心の底から「核廃絶万歳」と叫ぶかもしれない。
中国にとっては歴史的な機会になる可能性がある。米国との衝突が核戦争へ発展するという最悪の恐怖が消えるからである。ただし翌朝いきなり台湾へ攻め込むほど単純ではない。まず台湾周辺で軍事的圧力を強め、米国がどこまで出てくるのか探るだろう。同時に艦艇、航空機、ミサイル、ドローン、サイバー戦力を増強する。
「核兵器のない平和な世界」を守るために軍艦を大量建造する。なかなか味わい深い平和である。
困るのがロシアだ。核戦力はロシアが大国として存在するための重要な柱でもある。それが一夜にして高価な粗大ゴミになる。
通常戦力だけで米国やNATOと競争しなければならず、隣には巨大な人口と工業力を持つ中国までいる。昨日まで「永遠の友情」と握手していた相手が、翌朝になると妙に大きく見えてくる。
国際政治における「永遠」とは、だいたい次の国際会議までである。
さらに顔色が悪くなるのが北朝鮮だろう。核兵器は単なる爆弾ではない。「こちらに手を出せば何をするか分からないぞ」という国家レベルの生命保険である。
その保険会社が一夜にして倒産した。
韓国や米国と通常兵器だけで競争するのは厳しい。そこでミサイル、特殊部隊、サイバー攻撃など別の非対称戦力を強化し、中国への依存もさらに深める可能性がある。
そして最も複雑な顔をするのが日本である。
日本は唯一の戦争被爆国として長年、核廃絶を訴えてきた。そしてついに、その夢が実現したのである。
政府は記者会見を開く。
「本日は人類史上、画期的な一日であります」
拍手が起こる。
そこで記者が質問する。
「ところで、米国の核の傘もなくなりましたが、日本の安全保障はどうするのでしょう?」
会見場が急に静かになる。
核兵器を廃絶することには成功したが、地政学まで廃絶するのを忘れていたのである。
日本政府はすぐに防衛費、長距離ミサイル、潜水艦、航空戦力、ミサイル防衛、ドローン、サイバー防衛などについて議論を始めるだろう。
昨日まで「核兵器のない世界」を語っていた政治家が、翌朝には防衛装備品のカタログをめくっている。
もちろん政治家は矛盾しているとは言わない。
「安全保障環境が変化した」
という非常に便利な言葉が日本語には用意されている。
そして最大の問題は、核兵器がなくなれば戦争までなくなるとは限らないことである。核兵器は恐ろしい兵器だが、「大国同士が全面戦争をすれば双方が破滅する」という巨大なブレーキでもあった。
そのブレーキが消えれば、「通常戦争なら少しくらいやっても大丈夫だろう」と考える指導者が現れるかもしれない。
人類に「ちょっとだけ戦争」という商品を渡してはいけない。たいてい追加注文するからである。
やがて各国は核兵器に代わる新しい切り札を探し始めるだろう。AI兵器、大量の無人機、極超音速兵器、宇宙兵器、サイバー攻撃。核兵器一発を恐れる時代から、十万機のドローンを恐れる時代へ移るのかもしれない。
こうして核兵器が消えた歴史的な日の夜、世界中で平和を祝う式典が開かれる。
政治家は白い鳩を空へ放ち、テレビカメラの前で宣言する。
「本日、人類は核兵器の恐怖から解放されました」
大きな拍手が起こる。
式典が終わると、国防大臣は執務室へ戻り、軍需メーカーに電話する。
「もしもし。今日は歴史的な日でしたね」
「はい。ついに核兵器のない平和な世界が実現しました」
「それはよかった。ところで、長距離ミサイルと攻撃用ドローンを大量に欲しいんですが」
「何機でしょう?」
「とりあえず十万機」
「ありがとうございます。平和が長く続くといいですね」
核兵器は消えた。
しかし、人間は何も変わっていなかった。
翌朝の新聞の一面には、大きな文字が躍っていた。
「人類、ついに核兵器を克服」
その隣の小さな記事には、こう書いてあった。
「世界の軍事費、過去最高を更新へ」
どうやら人類が欲しかったのは、平和ではなかったらしい。
核兵器の代わりになる兵器だったのである。


