ルッキズム撲滅法
政府はついに「ルッキズム撲滅法」を成立させた。
長年、人類を苦しめてきた外見差別を、この国から完全になくすためである。
法律の成立にもっとも貢献したのは、「人間は中身の会」という市民団体だった。
会長の田中氏はテレビに出演して力説した。
「人を見た目で判断するなど、野蛮人のすることです」
司会者が尋ねた。
「田中さん自身も、人を見た目で判断しないのですか」
「もちろんです。一度もありません」
田中氏は胸を張った。
テレビ局は感動的な音楽を流した。
政府も本気だった。
まず、企業の採用面接から顔を見ることを禁止した。
応募者は全員、ついたての向こう側から音声変換装置を使って話した。
名前、年齢、性別も伏せられた。
履歴書から写真も消えた。
「素晴らしい。これで純粋に能力だけを評価できます」
人事部長たちは喜んだ。
ところが問題が起きた。
採用した社員が初出勤すると、
「思っていた感じと違う」
という苦情が殺到したのである。
政府は「思っていた感じ」という言葉も差別用語に指定した。
次に結婚相談所が規制された。
顔写真は禁止。
身長、体重、年齢を書くことも禁止された。
「優しそうな人がいい」
という希望も禁止された。
「優しそう」は外見から人格を推測する危険な表現だからである。
「清潔感のある人がいい」
これも禁止された。
「清潔感」という言葉の裏には、外見差別が隠れている可能性があるからだった。
最後に残った条件は、
「人間であること」
だけになった。
それさえ動物差別ではないかという意見が出たが、さすがに政府は審議中とした。
やがて街中から鏡が撤去された。
美容院は「頭部毛髪長調整施設」と改名された。
化粧品会社は倒産した。
ファッション誌は廃刊になった。
ミスコンはもちろん廃止。
イケメン俳優という表現も禁止。
「かわいい赤ちゃんですね」
も危険な言葉になった。
赤ちゃん同士に外見上の序列を作るからである。
社会は急速に平等になっていった。
そして、ルッキズム撲滅運動の功績を称え、田中会長に「人類平等賞」が贈られることになった。
授賞式の日。
記者が田中氏に尋ねた。
「会長は、本当に一度も人を見た目で判断したことがないのですか」
「ありません」
「若いころも?」
「もちろん」
「恋愛でも?」
田中氏の顔が一瞬止まった。
「……恋愛は別でしょう」
会場が静かになった。
記者は続けた。
「奥様を選んだ理由は?」
「性格です」
「最初から性格が分かったんですか?」
「いや、それは……」
「では最初に声をかけた理由は?」
田中氏は汗をかいた。
「たまたまです」
その日の夜、政府は緊急会議を開いた。
翌朝、新しい法律が発表された。
「ルッキズム撲滅運動家は、自分自身についてはルッキズムの適用外とする」
国民から抗議は出なかった。
なぜなら政府は、同時にもう一つ法律を作っていたからである。
「他人を偽善者だと思うことは、内面に対する差別なので禁止する」
こうして、その国から差別は完全になくなった。
正確には――
差別という言葉を使える人間が、いなくなったのである。



