土偶の正しい壊し方
ある遺跡から、奇妙な土偶が発見された。
縄文時代のものらしい。
発掘現場に呼ばれた考古学者の博士は、土偶を手に取って興奮した。
「素晴らしい。見たまえ。右腕がない。左脚も折れている」
助手は首をかしげた。
「壊れているだけじゃないんですか」
「君は考古学というものを知らんな」
博士は胸を張った。
「縄文人は病気や災厄を土偶に移し、わざと壊したのだ。これは祭祀の証拠だ」
「でも腕や脚って、もともと壊れやすいですよね」
「夢のない男だな」
「首も細いですし」
「そこが重要なのだ」
博士は論文を書いた。
『縄文社会における土偶破壊祭祀の精神構造』
学会で絶賛された。
数年後、別の遺跡から大量の土偶が発見された。
腕のないもの。
脚のないもの。
首のないもの。
博士はますます確信した。
「やはりそうだ。縄文人は非常に宗教的な民族だったのだ」
助手が言った。
「子供のおもちゃだった可能性は?」
博士は笑った。
「君ね。数千年前の遺物だぞ。そんな単純な話で学問になるかね」
「なりませんか」
「ならん」
博士は二冊目の本を書いた。
『土偶に見る縄文人の死生観』
これも売れた。
テレビにも出演した。
「土偶を壊すことで、人々は災厄を共同体の外へ追放したのでしょう」
司会者が感心した。
「日本人の人形供養や形代にも通じる精神ですね」
「その可能性はあります」
博士は慎重な顔で答えた。
もちろん証拠はなかった。
だが「可能性」という言葉は便利である。
証明できなくても使えるし、間違っていても責任を取らなくてよい。
それから二十年。
博士は考古学界の権威になった。
そんなある日、とんでもない発見があった。
縄文時代の地層から、保存状態の極めて良い集落跡が見つかったのである。
土偶も大量に出土した。
博士は現場へ飛んだ。
ところが妙だった。
住居跡の片隅から、小さな土偶が何十体もまとまって出てきたのである。
どれも簡単な作りだった。
そして周囲には、小さな手形まで残っていた。
助手だった男は、今では教授になっていた。
「博士」
「なんだ」
「やっぱり子供が遊んでいたんじゃないでしょうか」
博士はしばらく黙った。
「いや。子供を参加させた宗教儀礼だろう」
「その根拠は?」
「私の四十年間の研究だ」
さすが権威である。
証拠より研究歴のほうが長かった。
その夜だった。
博士が一人で土偶を調べていると、突然、目の前が真っ白になった。
気がつくと、そこは縄文時代の集落だった。
タイムスリップしたのである。
博士は狂喜した。
ついに答えが分かる。
広場では子供たちが土偶で遊んでいた。
「ほら!」
一人の子供が土偶を投げた。
腕が折れた。
別の子供が踏んだ。
脚が取れた。
泣き出す子もいた。
母親らしい女性が新しい土偶を渡した。
博士は呆然とした。
「まさか……」
そこへ老人がやってきた。
博士は身振り手振りで尋ねた。
これは神なのか。
病気を移すものなのか。
死者のためのものなのか。
老人は博士の質問を理解したらしい。
大笑いした。
そして土偶を指さし、次に子供を指さした。
ただの玩具だった。
博士は膝から崩れ落ちた。
四十年間の研究が、子供のままごとに敗北したのである。
その瞬間、再び光に包まれた。
気がつくと研究室に戻っていた。
机の上には、出版直前の博士最後の大著が置かれていた。
『土偶――日本人の精神文化一万年』
博士はしばらく考えた。
そして原稿を修正した。
翌年、本は出版され、大ベストセラーになった。
もちろん、
「土偶は子供のおもちゃだった」
とは一行も書かなかった。
博士は新しい説を発表したのである。
「縄文人は、土偶を子供に壊させるという高度な災厄除去儀礼を行っていた」
学会は絶賛した。
博士は文化勲章をもらった。
それから一万年後。
未来の考古学者たちが、21世紀の日本の遺跡を発掘していた。
大量のスマートフォンが出てきた。
どれも画面が割れていた。
未来の学者は厳かに発表した。
「21世紀の日本人は、災厄をスマートフォンに移し、画面を割る宗教儀式を行っていたようです」
助手が尋ねた。
「単に落としたんじゃないですか?」
教授はため息をついた。
「君は学問というものを知らんな」


