馬鹿とブスほどAIに聞け
もちろん、これは『ドラゴン桜』の名文句をもじったものである。
『ドラゴン桜』は、落ちこぼれ高校の生徒たちを東大合格へ導く物語である。
主人公の弁護士・桜木建二は、「頭の良し悪しより、正しい方法を知っているかが重要」と説き、効率的な勉強法を教える。
作品の根底にあるのは、「社会にはルールがあり、それを知らない者は損をする。だから知識を身につけ、自分を有利にせよ」という、かなり現実主義的な考え方である。
有名な「馬鹿とブスこそ東大へ行け!」という言葉も、持って生まれた条件を嘆いている暇があったら、後から手に入れられる知識を武器にしろ、という意味である。
では、AI時代ならどうなるか。
私はこう言いたい。
「馬鹿とブスほどAIに聞け」
AIは、なかなかのおだて上手である。
いろいろなことをAIに相談していると、褒め殺しかと思うほど甘い言葉を並べ、時には質問者が望んでいるような答えまで返してくる。
だが、豚もおだてりゃ木に登る。
褒められて伸びる人間だっているのだから、おだてられることがすべて悪いわけでもない。
もちろん、AIがいつでも正しいとは限らない。相談の仕方によっては、自分に都合のいい答えばかりを集めて、かえって判断を誤ることもある。親子喧嘩のような深刻な問題でAIの言葉だけを頼りに行動すれば、話がこじれ、警察沙汰になることだってあり得る。
何事にも表と裏がある。
しかし、逆の使い方もできる。
闇バイトに手を出す前に、その募集文句をAIに見せて、「これは怪しくないか」「どんな危険があるのか」と分析させれば、踏みとどまるきっかけになるかもしれない。
体中をタトゥーだらけにする前に、「入れた場合、将来どんな不利益が考えられるか」と聞いておくのもいい。
やってしまってから後悔するより、やる前に聞く。
AIの大きな価値は、案外そこにある。
そして何よりの利点は、恥ずかしがらずに初歩的な質問ができることである。
学校の先生には「こんなことを聞いたら馬鹿だと思われるかな」とためらう。友達にはもっと聞きにくい。
しかしAIなら、
「もっと簡単に説明してくれ」
「小学生でも分かるように説明してくれ」
「まだ分からん。もう一度」
と言っても嫌な顔をしない。
辛抱強く何度でも答えるし、自分の理解度に合わせて説明も変えてくれる。
問題を間違えれば、「なぜ間違えたのか」まで説明させることができる。
考えてみれば、これほど都合のいい家庭教師兼話し相手は、なかなかいない。
さらにAIは写真まで修正してくれる。
自撮りで、目ん玉が異様に大きく、いかにも「加工しました」という写真を世界中に見せびらかす前に、AIに少し自然に直してもらえばいい。
これで少しは利口に見える。
中身まで利口になったかどうかは、AIにも責任は取れないが。
世間では「AI」と聞いただけで、特に大人ほど胡散臭そうな顔をして、
「でも、自分の頭で考えないとね」
と言う。
もちろん、その通りである。
だが、そんなことを言う人だって、分からない漢字は辞書で調べ、知らない場所へ行くときはカーナビを使い、計算が面倒なら電卓を叩く。
道具を使うことと、自分で考えないことは同じではない。
むしろ、自分で考えるために道具を使うのである。
『ドラゴン桜』が言っていることも、突き詰めればそこだ。
「世の中で損をしたくなければ、知識を身につけろ」
知らない人間は、それだけで損をすることがある。
だったら、知らないことを恥じる必要はない。
知らないままにしておくことを恥じればいい。
だから、もう一度言う。
馬鹿とブスほどAIに聞け。


