真・桃太郎
むかし、むかし。ある山あいの寒村に、年老いた爺さまと婆さまが暮らしておった。
土地は痩せ、日照りが続けば人は草の根をかじり、冬が来れば凍え死ぬ者が出る。そんな飢えと貧しさに喘ぐ、山深い土地じゃった。
ある夏の盛りのこと。
川上から、どんぶらこ、どんぶらこと、異様に赤黒い大きな実が流れてきた。
婆さまはそれを拾い上げ、家へ持ち帰った。そして爺さまと二人、その実の肉を夢中になって貪り喰うた。
すると、どうじゃ。
枯れ木のようだった二人の身体にみるみる血が巡り、しわだらけの肌には艶が戻った。抜け落ちていた髪は烏の濡れ羽色によみがえり、二人は若者のような姿となった。
そして夜ごと、何かに取り憑かれたように肌を重ね合ったという。
そうして翌年の春。
婆さまの腹を内側から裂かんばかりの勢いで、常人の赤子とは思えぬほど筋骨たくましい男児が生まれ落ちた。
その子は「桃太郎」と名付けられた。
桃太郎は、恐ろしい童じゃった。
人並みの情けを持たず、人を踏みつけることにも何のためらいもない。獣を素手で引き裂くほどの怪力を誇り、十を過ぎる頃には、村中の者がその赤い瞳を恐れ、誰ひとり目を合わせようとはせんかった。
ある日、桃太郎は爺さまと婆さまを冷たく見下ろし、こう言い放った。
「海を渡った島に、山のような金銀財宝を抱えて暮らす『鬼』どもがおるという。奪い尽くして、すべて俺のものにしてやる。婆、道中の糧を作れ」
婆さまは震える手で、わずかに残っていた黍の粉をこねた。
そうして出来上がったのは、まるで呪詛の塊のように重く、黒ずんだ「吉備団子」じゃった。
桃太郎はそれを袋に詰めて腰にぶら下げ、ひとり山を下りていった。
道中、飢えと渇きで骨と皮ばかりになった野犬が、血走った目で桃太郎の前に立ちはだかった。
桃太郎は腰の袋から吉備団子をひとつ取り出すと、犬の目の前の泥水へ投げ捨てた。
「この日本一の吉備団子を喰いたくば、俺の飼い犬となれ。そして俺のために人を殺せ。命を差し出すか、それとも今ここで叩き殺されるか――好きな方を選べ」
犬は飢えの狂気に負け、泥まみれの団子へ飛びついた。
そしてそれを喰い終えると、桃太郎の足元へひれ伏した。
さらに山道を進むと、凶暴な大猿が現れた。
その先では、目をぎらつかせた大雉が待ち構えていた。
桃太郎は犬にしたのと同じように、吉備団子を餌にして二匹を屈服させた。
団子を呑み込んだ三匹の獣の首には、目には見えぬ呪縛の鎖が巻きついた。
もはや犬も猿も雉も、自らの意思では動かぬ。
桃太郎の命令ひとつで牙を剥き、爪を立て、命を奪う。
三匹は桃太郎の殺戮の道具となり、涎を垂らしながらその後をついていった。
やがて一行は海を渡り、鬼ヶ島へ辿り着いた。
そこにあったのは、恐ろしい鬼たちの城などではなかった。
都を追われ、人目を避けながら、細々と畑を耕して暮らす異形の民の村であった。
頭に角を生やし、肌の色こそ人とは違っていたが、親は子を慈しみ、働き終えれば皆で酒を酌み交わし、歌を歌う。
そんな静かな里じゃった。
だが、その夜。
村人たちが何も知らず、無防備に寝静まった頃――桃太郎一行の虐殺が始まった。
「一人残らず切り刻め!」
桃太郎の号令とともに、犬が飛び出した。
吉備団子の狂気に駆られた犬は赤子の喉笛に食らいつき、猿は女を押さえつけて顔を引き裂いた。雉は逃げ惑う者に襲いかかり、鋭いくちばしで目を突いた。
悲鳴が響き、血煙が立ちこめた。
その中を、桃太郎はゆっくりと歩いた。
刀を抜き、命乞いをする鬼の頭領や長老たちの首を、次々と刎ね飛ばしていった。
土間はたちまち鮮血の海となり、傷ついた鬼たちのうめき声が、夜の闇にいつまでも響き渡った。
やがて、生き残った鬼の長が桃太郎の前に這い出てきた。
血まみれの額を泥へ擦りつけ、泣きながら叫んだ。
「どうか命だけは……。宝はすべて差し上げます。どうか、子どもたちだけでも……」
桃太郎はしばらく鬼の長を見下ろしていた。
そして冷たい笑みを浮かべると、その頭を容赦なく踏み砕いた。
夜が明けるころには、鬼ヶ島から笑い声は消えていた。
桃太郎は島中の蔵を暴き、先祖代々受け継がれてきた宝物をひとつ残らず奪い取った。
そして血に濡れた舟へ金銀財宝を山のように積み込み、犬、猿、雉に櫂を漕がせ、意気揚々と島を後にした。
村へ戻った桃太郎は、奪い取った富で豪奢な屋敷を建てた。
そして金と力を使い、逆らう者を次々と粛清し、やがて一帯すべてを支配するようになったという。
爺さまと婆さまが、その後どうなったのか。
それを知る者はおらん。
ただ一つ、村にはこんな噂が残ったそうな。
鬼ヶ島から奪ってきた財宝には、殺された者たちの怨念が染みついていた。
夜更けになると、宝の山の奥から、女や子どものすすり泣く声が聞こえてくる。
だが桃太郎は少しも恐れなかった。
むしろ、その声を聞くたびに嬉しそうに笑ったという。
そして暗闇の中で、桃太郎の瞳だけが――
鬼よりも禍々しく、赤々と光っておったそうな。
どんとはれ。




