母の家には歯磨きがない
もう80歳近い母が足を悪くして、入院をした。
昔から膝が悪くて、杖を突いていたんだが、部屋で椅子から滑り落ちて立てなくなったという。
ヘルパーさんに来て貰っているので、安心なのだが、時々顔を出す。
用事があれば泊まる。
頭はしっかりしているので、長男の俺の顔を見るとまず文句が出てくる。
俺とて、60才近いのだが子供扱いだ。
退院するというので、迎えに行き、その夜は実家に泊まった。
久しぶりに、親子で晩御飯を食べる。
5人兄弟なので、俺たちの子供時代の話があふれ出てくるらしい。
妹から始まり、4男、3男、次男、そして最後は俺の話しになる。
何度も聞いているが、母にとっては、同じ話でも飽きないようだ。
俺はテレビを見ながら相づちを打ってやるだけでいいのだ。
明日仕事なので、二階に上がり、自分のベットで寝る。
次の日、洗面所に行き顔を洗う。
そして歯ブラシは、この前来て置いていった。
「えーと、歯磨きが無いな」
この前来た時には、何時もの場所にあったのに。
ごそごそと探すと、いっぱい箱がある。
「これかな」
箱を開けてみれば、すべて入れ歯洗浄剤だった。
「ああ、そうか」
この前は、妹たち夫婦が泊まり込んでいたので、前あったのは妹たちの歯磨き粉だったのだ。
改めて洗面所をみる。
お袋のために為に手すりを付けている。
廊下にも、階段にも、トイレにも、玄関にも手すりを付けてある。
3年ほど前、補助金が出るというので、助産婦の妹が動いてくれたのだった。
総入れ歯のお袋には、もう歯磨きは必要ないんだな。
年をとるという事は、いつも使っている物が必要なくなってくる事かも知れない。
俺はどうかな。
そういえば、3年近く使っていたスマホを、煩わしくてガラケーに変えたばかり。
部屋に置いているダンベルは、3年ほど使っていない。
ベットの下のキャンプ用具は、長男が高校に入った時からそこにある。
俺も年をとっているんだ。
改めて頷いた。