最近又話題になった教育勅語(ちょくご)だが、左翼系のテレビ、野党、東大の教授連は大騒ぎをして非難している。

またかと思う。うんざりである。

どちらかというと、新しい文科大臣に「教育勅語」問題を投げつけた記者の意図的な言動について「うんざり」感を持っている。

柴山昌彦文科大臣が10月2日の就任会見で、「教育勅語」に対する認識を問われて、現代風に解釈されたり、アレンジした形であれば、道徳などに使える「分野」が十分にあり、その意味では「普遍性を持っている部分が見て取れる」と答えたのである。
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/57845

引用した文は、「天皇と臣民の上下関係」こそ根幹という意見を持っている方の文章である。

意見の公平を期するために引用した。

教育勅語

 

私は「天皇」という言葉にも「日章旗」「君が代」にも過剰反応をしない人間である。

だから問題視される事に無反応になっている。

こんな問題は私の「鈍感力」が解決してくれるのだ。

勅語というのは原則として天皇が口頭により発する公務上の意思表示であり、詔勅の一種である。

父母に孝行し、兄弟仲良くし、夫婦は調和よく協力しあい、友人は互いに信じ合い、慎み深く行動し、皆に博愛の手を広げ、学問を学び手に 職を付け、知能を啓発し徳と才能を磨き上げ、世のため人のため進んで尽くし、いつも憲法を重んじ法律に従い、もし非常事態となったなら、公のため勇敢に仕え、このようにして天下に比類なき皇国の繁栄に尽くしていくべきです。
きょういく・ちょくご・ぜんぶん より引用
http://www.cscd.osaka-u.ac.jp/user/rosaldo/Imperial_Rescript1890-1948.html

口語に訳された方の文だが、こんな内容である。

しかし、反対し非難する人達が問題視するのはここではなく、天皇陛下の関与の部分である。

「天皇家の臣下である国民」という言葉も超刺激的であるらしい。

現代は国民主権になっているので、天皇家の臣下という部分はそぐわないという。

当たり前である。

教育勅語はいいんじゃないという人は、「父母ニ孝ニ兄弟ニ友ニ夫婦相和シ朋友相信シ」の内容について語り、反対の人は「我カ臣民」の部分を批判する。

こうなってくると、議論は平行線をたどる。

なので、私自身はこの問題には触れたくない。それよりも気になるのが日本の歴史である。

 

今更ながら日本の歴史について

教育勅語は明治の産物である。明治の時代はご存知のとおり明治維新により日本が近代化を促進した時代である。

歴史の教科書にあるように、明治は王政復古のスローガンを掲げ、「天皇」を国の中心に据え運営している。

だから教育勅語は「朕 惟フニ我カ皇祖皇宗國ヲ肇ムルコト宏遠ニヲ樹ツルコト深厚ナリ」から始まっているのだ。

いい悪いではなく、それが日本の歴史だからである。


日本の歴史は封建国家の歴史である。

日本史においては主に、鎌倉時代から江戸時代にかけての「武家の世」の社会・政治制度を表す言葉として用いられている。ウィキペディア

それではその前の平安、奈良時代はどうだったかというと、王朝国家体制と言っていいと思う。

何がいいたいかと言えば、「君主」という存在が常にいて、日本国は出来上がってきたということである。

この「君主」は天皇だったり、幕府だったりしているのは、皆さんご存知のとおりである。

歴史に詳しい人なら、その日本国の制度の巧妙さに感心するほどである。

 


話はもとに戻るが、左翼、リベラルの人たちが掲げるのは「天皇制否定」だ。過去の忌まわしき歴史と罵っている感がある。

そうなると、日本の歴史をすべて否定する事になる。

大和朝廷成立から昭和20年の敗戦までの長い日本の歴史の中に「天皇」は常に存在していたからである。

なので明治に作られた教育勅語が天皇の詔勅という形で語られているのはしょうがないからである。

「和をもって尊しとなす」もいい言葉だと思う。

これは聖徳太子が制定したと言われる十七条憲法の言葉である。

「朋友相信シ」もシンプルでいい。

「妻を めとらば 才たけて みめ美わしく情けある 友をえらばば書を読みて 六分の侠気 四分の熱 」も座右の銘である。

誰が言った、誰が作ったなどは全く関係ない。

 

今回の「教育勅語」騒動だが、新聞記者は「教育勅語」を「踏み絵」として使っている。

その部分が「うんざり」するのだ。

反権力と呼ばれる人達にも「和をもって尊しとなす」的な発想を期待したいのだが・・。

聖徳太子