以下宿町 恵比寿神社 しめ縄が網製

〒851-0502 長崎県長崎市以下宿(いがやど)町
長崎から野母崎へ行く途中、岳路海水浴場、夫婦岩脇を通りすぎると、登りになり、少し行き右脇に入ると小さな漁港がある。多分野々串漁港だと思う。その漁港を見渡せる小山の上にある。この漁港に寄らずに直進すれば高浜海水浴場だ。

恵比寿神社

恵比寿神社

恵比寿神社

恵比寿神社

恵比寿神社
この町は以下宿町(いがやど)という。
鳥居にはしめ縄が飾られているのだが、そのしめ縄は網でできている。あの魚をとる網である。
よく出来ていて感心する。
多分漁師の人が作ったのだろう。
漁師の人は器用な人が多い。家の家系も漁師なんだが、死んだ親父はウイスキーの各ボトルの中に、帆船の模型を作っていた。
なぜ漁師の人には器用な人が多いのか、不思議だが本当に器用なのだ。
この網のしめ縄をくぐりと、急な石段の先に祠が見えている。
白いコンクリートのやしろの中には、石の祠の上にしめ縄を巻きつけ、大きい紙垂がぶらさがり、その奥に小さな恵比寿さまが祀られている。振り返ると、港が一望できる。
それだけである。
創建も由来も不明。目的は航海の安全と大漁を祈願してだろう。
恵比寿様は庶民の神様で、港にはよく有る。
昔からここにあったという場合が多く、いつ誰が作ったかは関係ないのだ。

恵比寿神社

恵比寿神社
本来ならここで文はおしまいなのだが、この町の以下宿(いがやど)という地名が気になった。
昔は高浜村以下宿名だった。
高浜は深堀氏の記録が有る。
正安四年(1302)、時仲は嫡孫時明に戸町浦を与え、二男の時綱に高浜、三男の仲家に野母というふうに子供たちに所領を配分した。この時から高浜時綱と名乗ったと有る。
なるほど、武士が治めていたのだ。
しかしこの話は以下宿の恵比寿様とは関係ないだろう。
大昔から、この丘の上にあり、漁に出ていく漁師たちの祈りを受けていたのだと思う。