佐世保 宮地岳神社
佐世保市街地中心部近くにあり、近くには亀岡八幡宮もある。
切り立った崖のような場所にあり、狭い場所に建てられているが、工夫して建てられているため、ちょっと迷路っぽい。
朱塗りの色も鮮やかで、佐世保では厄除けで有名な神社だそうだ。
参道の途中にお祓い用の祓麻(はらいあさ)が置かれているのは珍しい。
祓麻って俗人がやっても効果があるものだろうか。
まるでコロナの消毒液のようである。
宮地岳という名前の由来は、宮の地の山ということで宮地岳と呼んだと書いている。
たしかにこの場所は急な斜面だが、岳と呼ぶ雰囲気ではない。有名な光の道の福岡にある宮地嶽神社の分社だから、こんな説明が付いたのだろう。
ー宮地嶽神社の御由来ー
息長足比売命(神功皇后)は西海道平定の時海の見える当宮地の杜に祭場を設けて天津神に平定奉告祭をなさいました。そこで命は神懸あそばされ、天津神を当地にお祀りさせよとの御託宣があったのです。
その後、里人は宮の地の山ということで宮地岳と呼びこの聖地に息長足比売命の御働きや御事蹟をかしこんで御社を建てゆかりのある神々をお祀りしたのが宮地嶽神社の起源である。
うーん。
佐世保は明治になって海軍港を中心に、一気に栄えた場所である。
それまでは寒村だったと書かれている。
神功皇后伝説に関してはなんとも言えないが、どうも盛すぎのような気がする。
御祭神
主祭神 息長足比売命(神功皇后)、勝村大神、勝頼大神
相殿 天津神
勝村・勝頼大神は三韓征伐についてきた、脇侍のような神様。
相殿に天津神とあるが、国津神に対しての天津神なので、高天原の神様全員ということになる。
福岡の本家宮地岳神社には日本最大といわれる大注連縄があるが、佐世保にはないようだ。
一の鳥居の近くに、古い茶屋の跡があったが現在は閉店している。
詳しい創建の歴史など、ネットを観ても出ていない。
今の神社はとても綺麗である。いつ建て替えられたんだろうか。
色々わからないことが多い神社だった。