今年も精霊流しを見ることが出来た。

この8月15日は終戦記念日なんだけど、それより精霊流しが気になる日である。

精霊流し

敗戦直後の長崎

戦争を知らないおじさんなのだが、日本の近現代史を改めて学び直すと、日本の立ち位置がどうだったのかがわかる気がする。

全国的には、8月15日は戦争の事を考えている人達が多いと思うのだが、長崎市内の人間は精霊流しの事ばかり考えているんじゃないのかな。

敗戦の昭和20年の時は、原爆の後遺症で精霊流しなどは出来なかったと思うが、それ以降はいつから始めたのだろうか。

 

昭和20年8月9日の原爆が投下されて長崎は地獄と化したのだが、

原爆投下の8月9日には救援列車四本が運転され、10日には、電話・電灯も復旧し、近隣の市町村からは救援の「にぎり飯」が届きました。被災者1人当たり2個ずつが配給されて、やっと気を取り戻すといった状態でした。

長崎魚市株式会社
http://www.nagasaki-uo.co.jp/ichiba_history02.htm

驚くことに原爆投下の直後に列車が運行され、10日には、電話・電灯が復旧された。さらに、敗戦直後でも長崎魚市場は9月1日から業務を再開している。

それではいつから精霊流しが再開されたか知りたかったのだが、ネットには載っていなかった。(昭和14年に戦争継続中だったため、精霊流しは自粛されたという記録はあったが)

「長崎の精霊祭り」という歌謡曲が昭和26年(1951年)に発表されていたので、その頃は、多分精霊流しは復活したのだろうと推測する。
http://www.city.nagasaki.lg.jp/nagazine/uta/030725/index.html

 

死者を悼む行事

精霊流しはその派手さで有名になったが本質は死者を悼む行事だ。もちろん全国のお盆も同じである。

死者を悼む心があるという事は、家族と共に生きていくことの執着でもある。

つまり家族を愛していたからこそ、精霊流しを一つの区切りとして盛大にやりたがるのだ。

敗戦日

私は敗戦日と精霊流しが同じ日にあるという事がなんだかとても大切なような気がする。

戦争は反対だ。これは世界中の人達がそう思っている。

なぜ戦争になったかは、歴史をちゃんと読めば理解できる。

西洋列国とアメリカ、ソ連という先進国が、アジアを食い物にしたからである。

日本が明治維新を起こし富国強兵政策を実行しなかったら、日本は確実に植民地になっていた。

これは事実である。

戦争は残念ながら敗戦になったが、日本の行動の意義はとても大きい。

もちろん戦い方には反省も疑問もある。しかし、押し寄せる白人たちに立ち向かったのは、アジアの中では日本だけである。

なぜ圧倒的に強い白人たちに立ち向かったのかというと、日本人が家族を強く愛していたからである。

愛しているから守るために戦うのだ。

争いを嫌う心家族を守るために戦う心は矛盾しない。

空母「赤城」から今まさに発艦せんとする零戦

 

小さかばってん、どーいどーい

精霊流しは華やかに行われるのだが、大きい精霊流しの中に、家族だけで送る精霊船も多くある。

色んな事情があると思うのだが、大きい船に囲まれても粛々として進んでいく。

そんな光景に胸が締め付けられるのだ。

私は心の中で、小さな船を見るたびにつぶやく。

精霊流し

 

「小さかばってん、どーいどーい」

 

精霊流し

 

火星大接近

撮影の帰りに、新しく出来た県庁を撮影していたら、隣で撮影していた女性から声をかけられた。

「あれが火星ですよ」

「へーそうなんですか」

火星


火星が地球に大接近していることはニュースで知っていたが、本当に見れるとは思わなかった。

2018年夏は、赤く輝く火星に注目!
夜空で赤く輝く火星は、地球のひとつ外側を公転している惑星です。火星は直径が地球の半分ほどしかなく、地球から遠い位置にあるときには、望遠鏡を使っても表面のようすをなかなか観察することができません。しかし、火星はおよそ2年2カ月ごとに地球に接近し、観察の好機を迎えます。そして、その観望の好機が、2018年の夏に訪れます。

国立天文台
https://www.nao.ac.jp/astro/feature/mars2018/


そう言えば火星はマーズという。赤いゆえに、血を連想させられ戦神の名前が各国でつけられているという。

火星の和名は 夏日星(なつひぼし)という。明治には西南戦争で死んだ西郷隆盛を偲んで西郷星とも言ったといわれている。


敗戦の日と、火星と精霊流し。

落語の三題噺に出てきそうだ。