稲佐の外人墓地の中を登り、高台の稲佐公園に行く。
 
稲佐と名前がつく公園は3つある。
 
郵便局のあるバス通りにあるのが稲佐児童公園、稲佐公園の上部にある公園を、昔は、たけのこ広場と言っていたが、今は稲佐近隣公園という。
 
稲佐公園は昔、大洋アパートが建っていた場所だった。
 
長崎大学附属図書館所蔵の古写真を見ると、稲佐公園は行楽地のようだ。
 
昔は稲佐近辺は、江戸時代から奇岩や険しい崖、岩山があり、長崎の別荘地のようだったという。
 

昔の稲佐公園

江戸時代歌川広重が書いた肥前長崎稲佐山

昔の話である。
 
そんな稲佐を、ウォーキングでうろうろする。
 
この稲佐公園も朝の散歩コースの一つだ。
 
左手に長崎港を見下ろす風景は、特にお気に入りである。
 

稲佐

長崎火山

真下の江の浦の町は谷底である。
 
リアス式海岸という名前の通り、谷と尾根で出来上がった町に、岩場を切り開いて町を作っている。
 
およそ百万年前、長崎には長崎火山と呼ばれる1500m以上の活火山がそびえたっていたといわれている。
 
この火山活動が終わり浸食され、この残丘が彦山や稲佐岳や三ツ山など長崎市周辺を取り囲む山となった。
 
約2億5000万年程前の中生代には恐竜が誕生し、中国大陸とつながっていた日本には恐竜もいた。
 
2014年、長崎県の三ツ瀬層(長崎半島の西側)でティラノサウルス科の化石が発見されている。
 
当然、稲佐付近もウロウロしていたのだと思う。
 

ティラノサウルス

枇杷の実

枇杷の木

稲佐山に向かう車道の脇にビワの木がある。
 
葉の形や実の形が楽器の琵琶に似ているからビワ(枇杷)という。
 
長崎はビワの生産量国内1位で生産量は全国の約20%を占める。
 
原産地は中国で、古代日本に持ち込まれて、四国や九州に自生する。
 
長崎でもよく見かける木だ。
 

枇杷の実

 
そういえば子供時代、茂木の知り合いから、箱でビワが送ってきていた。
 
おいしいのだが、種が大きすぎるし、食べる時、汁で手と口がベトベトになっていた。
 
そんなビワの木に実がなっている。
 
世間はコロナウィルスで大騒ぎをしていても、自然はそんな事とは関係ないように、生きるための営みを続けているのだ。
 
6月になった。
 
ビワの木にビワの実がなる・・・である。