一の鳥居

二ノ鳥居

三ノ鳥居

社殿

池の御前神社

池の御前神社 拝殿

御札

祭神の祠

祭神

池の御前神社 祭神

場所は長崎市宮崎町982-2。川原大池の脇に建てられている。
 
祭神は豊玉比古命、豊玉比売命。
 
由緒は当地の領主・河原大蔵太夫高満が正暦5年(994)11月に愛娘阿池(おち)姫の冥福を祈念するために建立したという伝説が残っている。
 
かなり古い歴史を持っている。
 
詳しい伝説の内容は、越中先生の話がHPに載っていた。
 
長いので伝説を要約してみる。
 
平安時代中期、一条天皇の頃、肥前の国高来郡川原村の領主、大蔵太夫高満におち姫と呼ばれる容姿端麗な娘がいた。
 
そのおち姫が、領内の大山にあった楠の大樹に恋をする。
 
その後、高満はその大樹で船を造る。
 
船が完成して海岸まで引出そうとすると、船が全く動かなくなってしまう。
 
占ってもらうと、“おち姫という娘を船に乗せると人力なしで船おのずから海に浮くべし”と言われる。
 
高満がおち姫を美しく飾って船に乗せると、一人でに船は動きだしたんですが、大池の所にさしかかると嵐になり、おち姫は、船もろとも跡形もなく消えてしまう。
 
高満は熊野から修験者・知行を招いて妖気退散の祈祷を行なう。
 
大蛇が現れ、ひとたび池に潜り再び現れると美しい女になり“私は文珠菩薩です、この後私を川原権現として崇めればこの地の守護神となるといわれた。
 
以上である。
 
川原大池は県内最大の天然湖であり、長崎観光百選の地として広く県民に親しまれている。別名「竜ヶ池」ともいう。
 
私も昔、バス釣りで何度か行ったことがある。
 
さてこの伝説が生まれた大本を調べたがない。
 
おそらく、池の危険さを後世に伝えるために、作られた注意喚起の物語だと思う。
 
祭神の豊玉比売命だが、海神(わたつみ)の娘で、竜宮に住むとされる神様で豊玉彦命は大綿津見神(わたつみ)ともいい、海の神様だ。
 
伝説では、文珠菩薩を川原権現を祀ると言う話だが、明治維新の神仏分離で、川原権現が、神道の豊玉比売命になったのだと思う。
 

三和地域

町名の由来は、蚊焼、為石、川原村の3村が集まったので三和となった。
 
川原村の歴史は探せなかったが、鎌倉時代に長崎にやってきた、深堀氏の支配だったのだと思う。
 
記録には、約千年前、河原大蔵太夫高満が家臣を伴ってこの地に入部したと伝えられいる。
 
それより昔の話はないが、古代栄えた野母崎への通り道でも有り、為石の港もある。
 
為石には神社が多い。
 
それだけでも、文化が溢れていたのがわかるのである。
 

池の御前神社から池が見える

川原大池