A BATTLE OF WITS 監督 ジェイコブ・チャン
『墨攻』(ぼくこう/ぼっこう)は、戦国時代の中国を舞台とした酒見賢一の歴史小説。1991年初版。
この小説を原作とする、作画森秀樹、脚本久保田千太郎による漫画が1992年から1996年にかけて「ビッグコミック」(小学館)において連載された。
解説
2000年前の戦乱の中国を描いた同名の人気コミックを映画化した歴史スペクタクル。10万の敵に囲まれた落城寸前の小国の城が、平和のために戦うという目的で助っ人にやって来た1人の“墨家”に救われる伝説の戦を壮大なスケールで描く。略 シネマトゥデイ
ネットの映画評価は3.5くらいなのだが、私は★4つを付ける。
それは墨家(ぼくか)という思想集団の存在を描いた映画だからだ。
墨家は中国戦国時代(紀元前5世紀 – 紀元前221年)に活躍した、墨子(ぼくし)を始祖とする思想家集団だ。その思想とは平和主義・博愛主義である。
まず戦国時代に平和、博愛主義を説くことは珍しい。そして一番気になったのが非攻という考え方である。
他国への侵攻を否定する教えなんだが、ただし防衛のための戦争は否定しないという所である。
この考え方は日本の自衛隊の姿勢とダブる。
専守防衛が日本の立ち位置なのだが、本当に攻められたらどうするのかという戦略の話し合いがなされていない。
2004年に当時の小泉純一郎首相が、イラクへの自衛隊派遣に関する国会論争において、『墨子』の
「義を為すは、毀(そしり)を避け誉(ほまれ)に就くに非(あら)ず」(正義を行うということは、世間から嫌われず好かれるように振る舞う、ということではない)
という言葉を引用して自説を主張した。
最近「敵基地攻撃能力」の必要性を前安倍首相がかたり左翼やマスコミは大騒ぎをした。
敵基地から日本に向けてミサイルを100発撃ちこまれれば、すべて防ぐことは不可能である。
だからこそ攻撃を受ける前に、敵の基地をたたくことで被害を最小限に抑えるという考え方だ。
こんなことは当たり前の話で、私にしてみれば何を議論するのかさえ分からない。
守るとは一体どういうことなのかを再確認した映画である。
映画事態は理論だけではつまらないので、大掛かりなアクションを取り込んで作られており、主義主張は関係なしでも十分楽しめると思う。